僕の現実

西野績葉

wrote at 2003/11/15

 この世界のどこかに、雪でできた花があるという。その花を手にしたものは、雪の精霊に祝福される、らしい。
 僕には特技がある。変わった特技だ。
 一年のうち一つの季節だけ通用する特技だ。
 そして特技という割にはまったく役に立たない。その特技とは、
 魔法。
 あえて言うなら魔法、と呼ぶしかない。
 何時からか、物心ついた頃にはもう、いた気がする。
 冬、その季節に『そいつ』はやってくる。
 雪の精霊。
 すごそうに聞こえるけど、ぜんぜん役に立たない。
「おはよう、和彦《かずひこ》ちゃん」
(……ああ、おはよう)
 僕は雪の花を手にしたのかどうか、それはわからないが、とにかく『冬の精霊』は僕にとりついている。
「今日も宜しくね(はーと)」
(邪魔だ)
「つれない事いわないで」
(授業中に話し掛けてこないでくれ)
「えー、だって暇なんだもん」
 もしかしたら羨ましいと思う奴もいるのかもしれない。普通の人には絶対経験できない体験である事は間違いない。
 だが、
(静かにしてろよ)
 邪魔だった。授業中にほかの人の頭の中を読んで、話し掛けてくるし、かといって好きな女の子の頭の中を覗いてくれと言っても、言う事を聞いてくれるでもなし。
「和彦ちゃんってば、あんなのが好みなのぅ? もっといい女いるよ〜? 女を見る目がないわねー馬鹿じゃないの」
「……でーあるからして、安易な性行為のツケが妊娠中絶や性病といった不幸な結末に陥らないために、何が大切か、自分たちの性のあり方とをよーく考えることが重要です」
「っっ、余計なお世話だよ!!この分からず屋!」
 しまった。ついむかついて……
「特に……三崎和彦。余計なお世話って事ないだろう。避妊はしっかりしような。先生との約束だぞ」
 教室がドッ、と沸く。
「わははは」
「馬鹿じゃねーの三崎の奴」
「何いってんだ、あほ」
「変態」
「女の敵ー」
「ちがあああああう! 違うんだよ! 雪の精霊が! いや、違うんだよ、後ろから話し掛けてくる奴がいるんだよ!」
「何いってんの、あいつ」
「……多分、ここのネジが……ちょっと緩んでるんじゃねーの」
「頭大丈夫か、おまえ」
 保健体育の授業中に、しかも絶望的なタイミングで最悪の言葉を叫んだ自分が、そこにいた。
 女子男子分かれて授業していて、本当によかった……
「……すみません、寝ぼけてました」
「……まあ、仕方が無い。授業はしっかり聞いてくれよ、三崎」
(……お前のせいだぞ、冬の精霊!)
「えー和彦ちゃんが、いけないんだよぉ?」
「くそッ、まるで疫病神だ……」
「何か言ったか、三崎」
「いえ、なんでもありません」
 翌日、僕のあだ名が「種付け馬」とか「やりにげ三崎」とかになるのは、目に見えていた。
      ◆
 僕は学校から自宅に帰ってくると、自室で宿題を始めた。雪の精霊も、実体化してベッドに座っている。
 雪の精霊の見た目は十代前半くらいの女の子だ。フリフリの変な服を着ている。
「おーい、雪の精霊?」
「なぁに? 和彦ちゃん」
「その和彦ちゃんってのどうにかならねーのかよ?」
「だって和彦ちゃんは和彦ちゃんだもんっ」
「まあいいか……どうせ自分以外には聞こえてないんだし。ところでこの問題わかる?」
「えーーーっ、人間の学問はわかんない。だってぇー、かなり間違ってるんだもん」
「あのなぁ。お前ぜんぜん役にたたないじゃないか。冬の精霊とか言うなら何か役に立つ事してくれよ」
「ん、わたし、あまり上位の精霊じゃないからね、できることといったら、部屋を寒くする事とかぁ……」
「あのなあ、お前のせいでフルに暖房つけてんのにこれ以上寒くしてどうすんだよ」
「えへっ」
「ごまかすな、制御が下手なだけの癖に」
「んー、あとは精霊だから人の考えてることくらいはお見通しだし、あとは動物とか植物の気持ちもあたしはちょっとだけわかるかな」
「ちょっと、って?」
「んー、人間とは違う方式で思考してるから、人間として具現化してる時は、翻訳しなきゃいけないんだけどね?、それがあんまりうまくないのよね。でも大体わかるよ」
「……だめじゃん……お前」
「まあそう言わないの〜っ。こんないい女、世界のどこにもいないんだからね〜? 喜びなさいよもっと」
「そりゃお前人間じゃないから世界のどこにもいねーだろうさ」
「ぶー。和彦ちゃんのばかぁ」
「大体お前、何で俺に取り付いたんだよ。雪でできた花なんて僕はしらないぞ」
「ん。和彦ちゃんにはあるよ。自分で気が付かないだけで、もっと素敵な魔法が和彦ちゃんにはあるの。だからわたしがいるの。思い出して」
「またその台詞かよ、この役立たず」
 何かというと、『魔法がある』と雪の精霊は言う。魔法があるとすればお前存在自体だ。
(せめて夜にでてきてエッチさせてくれるとか、あってもいいだろうそれくらい)
「役にたってるもん。やーい、種付け馬」
「人の思考を読むな!!」
「それがある意味仕事で、目的だもんそれにエッチなんてしたら奥さんに怒られるよ」
「ちきしょー、いねえよ奥さんなんて」
 とまあ、こんな感じで雪の精霊はあまり役に立たない。それどころか全力でゴミ捨て場に投棄したいくらい邪魔だ。
「……これが一生、毎年続くのか……」
 僕は暗澹たる気持ちになった。
      ◆
 僕は夢を見た。
 夢で僕は竜に乗って空を飛んでいた。
 手には、真っ白い花の花束を持って。
 その花は雪でできたていた……。
 遠く、竜鳥が見える。空を埋め尽くさんばかりの大軍勢。煌く炎、空を走る稲妻。
 そして、場面が変わる。
 どこかの部屋だろうか。
 地面には魔方陣が敷かれている。
「偽りの名を与えられ」
「あなたが囚われてから早十四年」
「呪われし禁呪から覚める日は何時」
「エテル・ハブル・パームトラー」
 何人ものローブを身に纏った男達が、
 何人もの修道着を身に纏った女達が、
 口々に何かを口ずさむ。
 ………
 人が蝶になった夢を見ているのか、むしろ蝶が人になった夢を見ているのかわからない。
 こんな事を言ったのは誰だっただろうか。
 僕は夢から覚めた後も、その夢の事が忘れられなかった。
「おい、雪の精霊」
 雪の精霊の返事は無かった。
 世界から地面が突如として消えたようだ。足元は不確かで……おぼろげな感じがする。
 次の日、雪の精霊は現れなかった。
 一週間たっても、一ヶ月たっても、雪の精霊は姿も声も現すことは無かった。
 代わりに、よく夢を見るようになった。
 その夢は昼間でも遠慮なく出現するようになった。まるで現実が夢に侵食されていくようだった。そしてついには夢が現実になった。
 …………
「パームトラー様が目を覚まされたぞ!」
「パームトラー様、あなたはこの国で一番の魔道士。敵に囚われ、夢幻の呪いをかけられていたのです。その呪いがとけるまで十四年もかかりました」
「嘘をつけ、やめろ、僕の現実を返せ!」
 僕は叫んだ。だかそれが聞き入れられる事はなかった。
「思い出してください。貴殿の作り出した魔道関数の数々を。敵国を業火で焼いた事を」
「この雪の国を救われた、貴殿自信の事を思い出すのです」
「偽りの世界に惑わされておられるのだ」
「師匠……エレンです、わかりますか?」
「あんたは、雪の精霊じゃないか」
「雪の精霊はあたしですよ。あたしは魔法で師匠の世界に干渉したのです。周期があって、その間だけですが、貴方の世界に関わることができたのです。……力たらずで、あまりうまく顕在化できなかったかもしれませんけど」
「……じゃあ、この世界が本当の世界で、僕の現実こそが夢だってことなのか。でも僕には何も思い出せない」
「そうです師匠。忘れても取り戻せるわ」
 彼女はやさしく微笑えむと、僕を抱きしめた。その感触は、現実そのものだった。もはや確かなものは何も無いと思った。目前にあるこの世界を現実と信じるしかなかった。