Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru


第十一話
『新雪』

 11月21日、テクニカル・ライフ・ルーツの技術・製品見本市を襲ったアクシデントは、警察の到着とともに速やかに幕を下ろした。
 事件はマスコミによってあっという間に広められたものの、対外的には「余興」だったとして扱われた。
 社長の基調講演に押し入った黒服の男達は姿を消し、足取りはいまだ掴めていない。
 捕縛されたのは、事件の首謀者と思われる男が一人だけ。
 報道されない真実はどこにでも存在するものだ。
 唯一捕らえられた、首謀者の名は、冴木。
     冴木 京介 ウィングストン

          11/22  10:32 AM

 滞在しているホテルの前で、新條はタクシーを拾った。
 TLR本社には研究部門(中央研究所)と小さな営業部門がある。営業は北口のビルに有り、研究部門はその南に位置する。
 敷地の80%は研究部門が占めているという事実の如く、研究開発が主な日本での販売業務は必要がない。
 営業部門と銘打っているが営業部門のビルは事実上ショールームといった感じになっている。
 なお、実際の生産を行う工場は台湾にあり、事実上日本には研究部門があるのみ、というわけだ。


 程なくして新條は目的の場所に到着した。

           11:32 AM

 今日は先日の事件の事で緊急重役会が開かれる事となっていた。
 冴木のお陰で滞在が何日か延びてしまった……というわけで、新條はあまり良い気分ではなかった。
 本当は今日はプライベートな日になるはずだったのだ。滅多に会えない日本の友人と、晩酌でも交わしながら昔話にでも興じようと思っていたのに。
 何故かすぐ釈放された冴木はその後、何の行動も起こしていない。ということは、重役達からの根回しがあったと考えるのが妥当だろう。
 ……重役達のうち何人かが――正確な数は知れないが――この事件に一枚噛んでいることは間違いなかった。警察では内部での誤解として取り扱われ、大きな事件へ発展しなかったのもその為だろう。 
 太陽が真上に近づく頃、薄暗い小さな会議室。冴木京介は既にそこに居た。

「何故あんな真似をしたんだ、キョースケ! まだアレを世間に発表するには早すぎると、お前にも言ってあったはずだ!!」
 怒気荒く、怒鳴る新條とは対照的にキョースケは冷たく笑っている。
「何故ですって? 知りたいですか……なぜこんなことをしたか、判らない、という顔をしていますね」
 冴木はスーツの内ポケットを探ると、一枚のディスクを取り出した。
 無言で、テーブルに設置されているデータビジョン本体にディスクを挿入し、起動する。
 手早くパスワードを打ち込んで、タッチパネルの『LOAD』を押すと十秒ほどでロードは完了し、OHP共用の液晶プロジェクターが作動する。
 吊り下げられたスクリーンに表示されていく数字とグラフ……これは会社の帳簿だ。
 プロジェクターは音も無く、次の画面を表示させた。未羅……と呼ばれる機体。彼女にとっては日常の検査場面。
 そのスクリーンの右下にはHA−F160 TEST TYPE という刻印がハッキリと刻まれていた。

「これは……」
 しばし、新條は絶句していた。
「多いんですよ、謎が」
 埃のように積もった沈黙を掃って、冴木が口を開いた。
「プロジェクト『フェミニティ』には、謎が多すぎるんですよ」
「これは……」
 それ以外の言葉を失ったかのように、もう一度呟く。
「一体……これは一体、どういう事なんだ……?」
 歯切れ悪く問う。何がなんだか解らない。
 嘲りの混ざった苦笑を浮かべて、冴木は薄く笑ったまま言った。
「言ったでしょう? このプロジェクトには謎が多すぎる。不審なんですよ。他の重役にとってもそれは同じ事です。私は、大株主達の申し出を受けてプロジェクト『フェミニニティ』について調べていたわけですよ」
「調べた……だと……?」
 冴木は、フッとため息をついて、座りなおす。
「重役達の疑問の一つ目。研究発足からわずか一年で、これだけの機体を完成させるのはどう考えても不可能だ、ということ」
 脚を組んで、冴木は得意げに続ける。
「技術的に、この会社の前身であるGA(ジェネラル・オートマティック)が、これほどのロボットを開発できるだけの技術を持っていた事自体、かなり不思議な事なのですよ。……ま、十年も前のことだ。その頃から計画的に会社を経営していれば、それも可能だったかもしれないですがね。どちらにせよ、あまりにも調子が良すぎるとは思いませんか?」
 左肘をテーブルに乗せて、その濃い金髪を左手の親指の腹で、もてあそびながら。
「二つ目。予算の問題です。どう考えてもこのプロジェクトに割り当てられた予算……いわゆる特別研究費が少なすぎるんですよ。そう、どう考えてもね。……ここまで言えば、貴方なら判るんじゃないですか? 叩けば、埃は出るものです。私はこれらの疑問を解消するべく、相当いろいろと調べさせてもらったのですよ」
 カチ、カチ、カチ、と。古ぼけたアナログ時計の針の音が、耳に付いて仕方が無い。
「三つ目。そもそもこのプロジェクトを極秘とした意味。会社としては革命的な製品があるなら、さっさと発表するべきですよね? ……そのほうが株価は上がる。そうでしょう?」
「極秘といっても、私の権限で完全に極秘というワケじゃない筈だ……部外者には極秘、という意味位は解るだろう? この世界、産業スパイなんて日常茶飯事の事だ」
「そうですねぇ。いくら極秘といっても、資金を必要とする以上は大口の株主にたいしては説明があるものです。プロジェクトフェミニニティの大口株主向けのプロジェクトブックには、こう書かれていました。『このプロジェクトの目的は真に女性らしい機体と感情表現を持ったパートナーロボットを開発することである。この研究はわが社の未来を担う先行投資であり、次世代を勝ち抜いていくために必要不可欠なものである。』……とね」
 冴木はテーブル側に椅子を回転させ、ふう、と溜息をついた。
 いつのまにか、『プロジェクトブック』の文面がプロジェクターで表示されている。
「『フェミニ』の開発に使われた本当の金額と年月、調べさせてもらいましたよ」
「それがどうしたと言うんだ……」
 ふぅっ、と溜息をついて冴木は、
「貴方はずいぶんとこのプロジェクトを熱心に推進していますけどね……」
 嘆かわしい、とばかりに首を左右に振って、冴木は続ける。
「この会社の事……調べれば調べるほど、疑問が増すばかりでね」

(……キョースケは……どこまで知っているんだ……)
 不安がのしかかる。いけない。押しつぶされたら負けだ―― 

 ――10年ほど前、TLRはジェネラルオートマティック(GA)という世界でも有数の自動車会社だった。新條の父の死後、GAを新條の権限で売り払うことになる。その資金でTLRを設立、それまでGAの子会社であった『テクニカルマシーンズ』を『テクニカルライフルーツ』とした。
 テクニカルマシーンズは単設計のロボットというか機械……とりわけ工業用や介護用の物を開発、販売していた。
 稀に人の形をしていると言っても、せいぜい20世紀のSF漫画にも及ばないような不恰好なもので、それも技術力の立証の為の参考出品程度であった。
 それこそ『メカニカル マシーンズ』と呼んだほうが相応しい位の会社だったが、GA売却の資金と優秀な人材の引き抜きで「TLR」と名を変えた旧テクニカルマシーンズは急成長する。
 TLRが日本支社に大きな研究部門を設置したのは大経済異変、いわゆるシェア  ブレイクが起こってからまもなくの事だった。
 その頃外国企業や外資系企業各社は、日本の環境の良さと優秀な人材を求めて、研究部門をこぞって日本に移転していた。
 そして今では『プロジェクトフェミニニティ』を企画し得る企業になった……


 冴木は、TLRの歴史を語って見せた。正確な時期こそ言い得ていないものの、それは今になっては新條と……社内でもごく一部の古株のみが知る正確な事実だ。

「キョースケ……何所でそんなことを……」
 それを無視して続ける冴木。
「『フェミニ』開発は現在……『HA形態研究部/開発課』という部署がほぼ極秘に行っていて、この部署の総括責任……部長は月沢神持という人間に一任されているんですがね」
「……………………」
「月沢博士……彼がこのTLRに入社したのは、正式には約9年前ですが……? 人材の動きが激しいこの業界じゃ相当の古株ですよねぇ。当時の人間は社内でも相当少ないんじゃないですかね」
 薄く笑みを浮かべる冴木。それは新條という人間を見下した目だ。
「表向きに私が調べられたのはこんなモノですが……」
 新條の表情は苦々しく、ただ目を下に向けてうつむくのみだ。悪戯をすべてを見透かされた子供のように、項垂れて。
「……でもね。これが昨日の行動につながったワケじゃないんですよ。まだね。まだ足らなかったんだ。それで私は、こうした」
 冴木がデータビジョンの『NEXT』ボタンを押した。
 ……新條の個人的なファイルが……スクリーンに映し出されていた。
「コンピュータをクラックして……まあ多少イケナイ遊びでしたが……その成果は十分過ぎるほどでしたね……」
「クラック……」
 解せない、というような表情でプロジェクターを見遣る新條
「帳簿などを見る限り……貴方は、このプロジェクトを発表する何年も前……相当昔から、実は会社の売上の一部や、御自身のポケットマネーを『フェミニ』開発の為に使っていたのでしょう?……横領でないだけマシではありますけど」
「私だって、フェミニニティを私的に使おうとしたつもりは無い。利益をあげるべくやってきた。研究成果はそれとなく還元したはずだ。ただ、出来るだけ隠密にしたかっただけだ」
「貴方の行動はすべてわかってます。一応は直属の秘書ですからね……なぜ隠密にしたがったか、ということですよ。だが……それも……本当の理由も解りましたよ」
「何――!?」
「月沢神持……彼は貴方と旧来からの親友だそうですね……貴方のメモや日記をクラックさせて貰いましたよ……コンピュータで日記を書いたほうが楽で安全ですか? いいえ、油断するほうが危険だということをこの機会に知っておいたほうがいい」
「……………………」
「貴方はパーソナルデータアシスタント……そのBlueSOAPというマシンですよ。貴方はそれで日記やメモを書いていましたね……そして貴方のパソコンと常にデータを同期させていた……そのコンピュータはローカルエリアネットワークで社内と……インターネットで世界各社と繋がっていたと……ここまで言えば大体察しがが着くと思うんですがね? 私の手にかかれば貴方の使っているコンピュータシステムの裏をつくくらい、簡単なことなんですよ…… もちろん世界に無数にいるハッカー達にもね…… まあ、ネット経由では面倒ですが、こっちはその気になれば実際に貴方のコンピュータにも触れられるような立場にあったわけだ?」
 おどけたような表情をわざと見せつけるようにする。
「私は……そんな風に、貴方に気に入られるように、それだけの働きをしてきたんですからね……そうでしょう?」

「……なんてこった……クソっ……」
 新條は英語でつぶやきながら、冴木を睨んだ。
「貴方は社内の通信は暗号化を徹底させるくせに、自分のデータは暗号化していなかった……まあ目的が決まっていれば暗号を解くことは手間をかければいくらでも出来ますが……おっと、話がずれてしまった……クックック……」
 陰険な笑みを浮かべて、新條の目を見つめ返す。
「おや? 顔色が良くないじゃないですか……野菜も食べてますか? フフフ……」
 だが、冴木その言葉は……既に新條には届いていなかった。
「オマエがそんなことが出来るなんて……キョースケ……キサマがそういうことをしていたなんて……解らなかったぜ」
 そう……新條の耳に届いては居なかった。
 なぜなら彼は――


 ――使い慣れた英語で――それも小さな声で……
                独り言を呟いただけだったから。

「解るような子供だましの手口でハッキングをするのは愉快犯か素人のやることですよ……さて……月沢博士の話でしたねぇ。……私も実はちょっと驚いたんですよ。貴方と月沢博士が私的につながっているということに――」
 得意げな台詞が途絶えた。
 冴木のこめかみに、銃口が突き付けられていた。
 かちゃり、と撃鉄を引き上げる音。
 凍り付いたように空気が張り詰める。静止する。
 ――が、一方の冴木も怯えるでもなく、冷然と口元を吊り上げた。
「日本では銃はご法度ですよ、クリスさん。大体、そんなことをしていいんですか? 今度は貴方が警察に行く羽目になりますね。もっとも私の場合と違って、引き取りにきてくれる人は誰もいませんがね」

 ――見抜かれている。 

「知りすぎているんだよ……オマエは……」
「……大口株主連中の間で実は貴方がどういう評判になっているか、ご存知ですか?」
「なんだと?」
「暴走犯と、呼ばれていますよ」
「暴走……?」
「そうです。私はあいにく、貴方に話す前に全部彼らに話しましたからね……彼らはクラックした帳簿を見せただけでもう満足でしたよ……経営を明らかにしない社長は不信任案を出すべき。それは株式会社の鉄則。金を払っている株主にとって……うわべだけで利益を上げない研究は穀潰しの暴走ということです……もっともそれは彼らが勝手に解釈した事ですが。さらにあなたは……重役会の際にたびたび、少ないとはいえ嘘の報告をしていた。帳簿を偽ったり……ね……ま、それを補って余りあるくらいの利益をこの会社は得ているわけですが」
「何処まで言ったんだ……?」
(ハッタリだ……そうに決まっている……)
口と裏腹に、新條はそう思うように心がけた。
「安心してください……とでも言うべきですか……まだクラックした帳簿のことと……フェミニの実際の開発期間について以外は言ってませんよ。月沢博士がどうとか……そういうことは……まだね……私的な話で、ビジネスとは関係ないですから。でも……、すぐにでも情報をばら撒くことは出来ます。ま、脅しだと思われると心外なんですけど……それから……社長を交代させるべきではないか……という意見も重役たちの一部で出ています。私も、大筋では賛成しときましたがね……」
「キョースケ――貴様ににそんな事を言う権利が――」
「ありますよ」
 言葉尻を取って、冴木は言う。
「私は、貴方直属の秘書でもありますが……実は、この会社の株主であったりもするのですよ」
「何――!?」
 驚愕する新條を尻目に、冴木は携帯電話のボタンを叩く。
「三人とも、こっちに来てくれないか? 場所は――」
「ッ……待て! 勝手な真似は――」
「まあ、しばらく待ってください。別に『黒服』を呼んだわけではありません……貴方も良く知っている人達ですよ」
「……」
「その銃はしまったほうが良いと思いますよ? 問題を起こしたくは無いでしょう……」

 数分の時間が過ぎた頃……

「失礼します」
 響く低音の声。
「……貴方方は……!!」
 一人は、背が高く、赤毛に鷲鼻の、壮齢の男。
 二人目は、小太りでスーツを着込んでいる、成金風の男。
 そしてもう一人は、背が低く、眼鏡をかけた白髪の老人だった。
 新條もよく知る、日本支社の重役というか……大株主達だ。
 彼らは一応、経営者としてこの会社の経営を監視している。
 だが、彼らの中では事実上この会社の経営は新條だけが関与していると言っていい。
 重役の三人はごく普通の、この会社のほかのラインの開発に関する権限を所有するに過ぎない。
 もちろん新條も米国本社を含めて世界中の支社を監視しているし、関与はしているのだが……
「代理、ご苦労様」
 にこっと笑って、冴木は言う。
 二人の男は、恭しく頭を下げた。
「この二人……もう一人は違うんですけど、私にとっては実は親戚のようなものでしてね……。数年前に日系人だった父が亡くなった時、その遺産は私に引き継がれたんですけれど……ほら、病弱でいつも経営に口をはさまない日本支社の大株主がいたのをご存知ですよね。それが私の父なんですよ。TLRの株は、その昔GA時代に貴方の父が私の父に対して購買権を与えた……彼らは昔から父の、そして今では私の代理として経営に参加していたわけです」
「……貴様は……」
「その頃、全大株主の間で決定した事項が、一つありまして……まあその時は身内同士のちょっとしたゲーム気分だったらしいんですが……」

      社長が何か不穏な動きを見せたら、その時は――

「私が貴方の素行の監視を行うこと――をね」

 

     11/23  8:12 AM

 朝の空気は重く垂れこめていた。
 きっとそれは、薄く灰色に広がる雲の所為だ。
 暗く、低く垂れこめる雲。
 あの雲は空気を沈め込んで、心も一緒に沈ませているのだろう。
 三枝 美紀は深い溜息を落として、伏せた瞳を開いた。
(月沢さん……)
 あのニュースが流されたその日、月沢さんは学校を休んだ。
 そして、涼野君も――。
 どれほど居たのだろうか。
 あのニュースと、月沢未羅という少女を結びつけた人間は。
 ……もしかしたら、自分の気のせいなのかもしれない。
 本当は全然、何の関係もないのかもしれない。でも――


「はぁぁぁぁぁ……」
 三枝は、もう一度溜息を落とした。
 あのニュースを見てから、約24時間。
 衝撃は薄れ、代わりに、心にのしかかるような重さが残っていた。
 いつもの通学路。曲がり角で不意に顔を上げると、目の前に飛び込んで来た誰かの姿が目に留まった。
「……高岡君?」
「よ……。三枝か」
 高岡も、何処か打ちひしがれたような風があった。多分、”気が付いた”人間の一人……
「何でこんなトコに居るの?」
「俺だって通学くらいするさ」
 乾いた笑い声を立てて、高岡は苦笑した。
「……そっか。私達の通学路って、同じだったんだね」
 今まで、気づかなかった……。
「俺は大抵、朝練で早いからな。普通は会わないだろ」
「そうだね」
 つられるように笑ってから、二人は再び歩き出した。


「高岡君も、見た?」
「何を」
「昨日のニュース。ロボットの――」
「未羅ちゃんに……そっくりのロボット?」
 やはり、彼もそう思っていたのだ。
 彼も、彼女とは親しかったから……。
「そう、それ。TLRって会社の……に押し入った何者か。その何者かの手によって明らかにされたTLRの極秘計画。」
 三枝は、再び俯いた。
 沈黙。
「……らしくないなぁ、三枝。いつもの『全ての真実は白日の元に晒されるのよ!!』――ってのは、どうしたんだよ」
 おどけるように身振りまで入れて、高岡は明るい声で言った。
 三枝は無反応だった。
 ……無言で歩く時間が、続く。


 何分が過ぎたろうか。不意に、三枝は再び口を開いた。
「……私ね、あれ見て、なんだか怖くなったの。あれが未羅ちゃんなんだって決まったわけじゃないけどさ、それでも何か怖くなったの。私達、周りにロボットが居ても、もう……ロボットなんだって分からないって事なんだ、って……」
 ぽつり、ぽつり、と、言葉を紡いで行く。
「ひょっとしたら私もロボットなのかもしれないんだよね……自分で、そうなんだって思ってないだけなのかもしれないんだよ……」
「……」
 ――空を仰いで、
 不意に、高岡は笑った。
「あはははっはははははっははははは……」
「あ! 何で笑うのッ!?」
「ははは……だぁってさぁ、三枝みたいな欠陥品、わざわざロボットで作るよーな物好き居るわけねーだろっ?」
「欠陥品って――! そういう言い方ないでしょぉっ!!」
「あっははははは……!」
「ちょっと……いい加減笑うのやめなさいよっ!!」
 笑いの止まらない高岡をどやしながら、
 軽くなった自分の胸の内を、三枝は、心地よく感じていた。

 高岡は、辛い時こそ笑うことが出来る強さを持った、そんな人間だった。


      11/23  8:25 AM

「おはよう、美紀ちゃん!」
 教室に入るのと同時に、明るい声が投げかけられた。
 いつもの教室。昨日と変わらない教室。
 昨日と変わったのは、彼女が居る事だった。
「……沙耶……」
 新藤 直也との失恋騒動以後、ずっと学校を休んでいた彼女。
 携帯電話の電源すら切られていて、家に出向いても会う事さえ出来ず、連絡もままならないまま、これまで時間が過ぎていた。
 それが……

「久しぶり。美紀ちゃん」
「もう……平気なの? 沙耶……」
「うん、もう平気」
 にこやかに笑って、沙耶はこくりと頷いた。
 心配かけてごめんね、と言って、謝罪するように、顔の前で手を合わせる。
「えっと……元気だなぁ〜、牧原」
 言葉を選ぶようにしながら、高岡。
「うん。元気だよ」
「……そっか」
 釈然としないまま、高岡は適当に笑った。
「……」
 一方の三枝は、明らかな困惑の表情を浮かべていた。
 ……牧原 沙耶は、これほどに明るい少女ではなかった。
 小柄で、愛らしい顔立ちをしてはいるが、化粧っ気も無い為か、それとも殆ど流しっぱなしといった感じの髪の所為か、いまいち目立たない少女であった。
 物静かで大人しく、何処か、夢を見ているように儚げで、周囲の女友達が嬌声を上げて笑う中でも一人穏やかに微笑んでいるような――そんな風のある子だった。
 少なくとも、三枝はそんな風に思っていた。
(失恋した後だから――?)
 だから、余計に明るく振舞ってるの?
 そうなの?
 眼差しで問い掛ける。
 ……親友だと、そう思っていた彼女の笑顔からは、何も読み取れなかった。
 彼女が望むような答えは、何も――


 失恋した後だから――だよね?……
 そうだよね?
 ……嫌な予感がする。
 なんで、沙耶はこんなに楽しそうなんだろ――


      11/24  10:42 AM

 未羅は窓枠に頬を預けるようにして、降り頻る雨を眺めていた。
 もう三日だ。
 学校に行かなくなって。
 行けなくなって。
 未羅は、すっくと立ち上がった。
 流れるような足取りで向かう先は、彼女の父親の居場所。
 垂れこめるような空気が、心を封じ込めるかのように空を覆っていた。
 ……その日は例年と比べても異常なほどの低気温で、朝、洗面台は氷が張っていた。
 もうすぐ、雪の季節になる、と父さんが言っていた。
(雪って、どんなだろう……)
 閉じ込められた、心……
 そんな心を抱えて、父親が何処に居るか――
 未羅は、よく知っていた。


 雨が降っている。
 叩きつけるように、降り続けている。
 ひどく寒い中、突き刺さる雨を甘んじるように受けながら、彼はそこに佇んでいた。
 彼女の眠る墓の前に。
 添える花も持たずに。
 不意に、刺すような雨が途切れた。
 ……横手から、傘が差し出されていた。
「……未羅……」
「風邪引くよ? お父さん」
 いたわるような、憂いを込めた眼差しで――
「!―――」

 

  ――こんな所に居ると……風邪引いちゃいますよ?
                            神持さん――
      不 意 に   思 い 出 さ れ る
             大 学 時 代 の 思 い 出。

 

「そうだな……」
 この子は……明美の生き写しか……

     自分でも知らないうちにそういう風に造ったんだ

     他でもない、

     この私が…………………

「ねぇ、お父さん」
 ぽつり、と、消えそうなほどの声で、
「……何だ?」
 雨が屋根を叩く音。
 跳ね上がる雨粒が、服の裾を濡らす。
「……なんでもない」
 安堵させるように、笑って、
「帰ろう。あったかいもの、淹れるから」




――「普通じゃないよな……神持さん……」

――「ああ、なにかに取り付かれてるって感じだよな……」

 そう呼ばれても、仕方無いのかもしれない。

――彼等は……彼らは明美を知らないのだから――




     同日  5:28 PM

 柄咲は図書館の机に向かっていた。
 ――雨が降っている。
 窓を叩く、雨。
 机上に広げられた教科書は、もう30分もページが変わっていない。
 ……叩きつける雨。
 広がる雲。
 低く垂れ込める、暗い雨雲。
 灰色に煙る空。
 柄咲は教科書を鞄にしまって、立ち上がった。
(……何をやってんだ、俺は……)
 ずっと前から分かってた事じゃないか。うすうす。


 雨。
 降頻る雨。
 重い雨。
 止まない雨。

 ――冷たい、雨。

 閉館を告げる放送が響く中、柄咲は図書館を後にした。


 帰り道   雨が雪に変わった。

         今年の初雪は……激しくて、早い。


 

     11/25 8:02 AM

「じゃあ、行ってきます」
 その日も、柄咲は家を出た。
 勉強に集中できるという事は無かったが、一人で家に閉じこもっているよりは、学校に行った方が幾許かマシなように思えた。
 いいかげん、情緒不安定をいいことに学校に行かないってのも飽きてきた。
 昨日の雪が嘘のように、空は澄んでいた。
 澄み切った、高い空。
 ――悲しい、空。
 地面には 降り積もった雪。
 父親のものらしき足跡が玄関から道へと続き、
 足跡やタイヤの跡だらけの道路へと続いていた。
 その光景が、雑踏に紛れ込んでいくということを象徴しているようでなんだか悲しい。
「そんなこと考えてばっかりでもいられないか……」
 前の俺に戻ってしまったな……
 さえない人生。つまらない日常。
 それこそが幸せだと思える日がいつかやってる来るんだろうか……

「涼野君」
 しばらく歩いていたら、耳慣れない声に呼ばれて、振り向く。
「たしか……牧原……だっけ?」
「おはよ。涼野君……ひっどぉ〜い。あたしの名前忘れてた〜? もしかして」
 そこに立っていたのは、牧原 沙耶だった。
 ……どうしたんだ? こいつ。
 柄咲は、彼女と特に話した事があるという事もない。
 ただクラスが同じ。
 ただそれだけの事で、それ以上でもそれ以下でも無かった。
 こいつ、絶対に前とは違う。
 柄咲はそういう風に直感した。
(もしかして……あの……あの日曜日の俺のように……何かあってこいつも変わったのだろうか……)
 ふっとそんなことも考えてみたりする。
「通学路同じだったんだね、私達」
「……」
「ねぇ、涼野君は知ってる?」
「何を」
「月沢さんがロボットなんだって事」
「……」
「あのニュースがあった日から、月沢さん、全然学校に来てないんだってね。これってやっぱり、怪しいって思うでしょ? ねぇ……」
「そう……」
 哀れむように笑って、柄咲は足早に歩いて行った。
 これ以上彼女と無駄話をするつもりは、無い。


 

           ――ああ……鬱陶しい――

                ……もう、たくさんだよ……
      ……俺が与えてやれるものなんて何にも無いし……


      ……こんな俺を必要として、気が付けばいつも傍に居たあいつも今はもう居ない……


 

 

 

     世の中で一番どうにもならならないものが、『自分を取り巻く環境』ってやつだと気づいたのは…………随分前だ

 

               何故って?

                        例え場所を変えても、

               時を越えても、


自分に結びつくしがらみってヤツは永遠に消えないと思えるから


                  何かが変わるわけじゃないんだ

                  例え何をやっても

                  死ぬまで変わらない

 

そんな事、ずっと前から分かってた――

   

  

 努力でどうにかなるとか、頑張ればどうにかなるとか――

                  ――そんな事ないんだって、
分かってた筈じゃないか……。

 

 

 

 

 

 

 

                 回想 ― 11/22  7:32 PM

 

「『フェミニ』を……量産?……」
 引き攣った笑みを浮かべて、新條はうめいた。
「その通りだ。あれほどの機体をただの試作品で終わらせるのは……惜しい」
 眼鏡をかけた、老人が言う。
 その隣、一席分余分に空けて座っていた赤毛で鷲鼻の男が、後に次ぐように口を開いた。
「それに、我々も調べたのだよ。君達があの玩具にどれだけの金をつぎ込んだのか」
「……玩具……ですか……」
 にやり、と笑って、鷲鼻の男は続ける。
「量産を認めれば、君のして来た事を見逃そう」
 彼らは、一般株主とは異なる。
 全員で、TLRの株の66%を所持する、大株主達だ。
 そして、実は冴木も……そうだった。
 彼らには、経営に口を挟む権利もある。
「あれを量産できれば、ロボット業界は大きく変わりますな」
「まったくそのとおりですよ」

 俯いた新條には誰の言葉か理解することは出来なかった。
 最後のは冴木だろう。
 汎用人型ロボット。
 今までの、仕事種別に特化されたロボット達とは明らかに異なる。
 あらゆる状況に対応できる、新たなロボットの可能性。
 感情を持ち、ロボット三原則に従わないプログラム。
 かといってがちがちに仕様で固められてもいない。
 バイオ技術との融合。生身の体という形を持ったもの。

 ……そこに命はあるのか……
 一般的に言えば、「無い」だろう……
 如何に生身の人間のようであっても……作られたものだということにかわり無い……
 ずっと危惧してきたこと……
 彼女たちは「人間だったら出来ないが、人間でなければ出来ない」ような事をするための存在として扱われる危険もある。

「イプシロン社の『オービット』や、マルター・コンツェルンの『フィリー』など、物の数でもない……まさしく我が社の独壇場ですな」
「フェミニは未だ未完成の機体です!」
 精一杯、叫ぶ。
 だが、彼らはその言葉を無視して続ける。
「冴木君は、よくやってくれたよ」
 大柄な身体をスーツに包んだ鷲鼻の男が、口元を吊り上げて笑う。
「あれほどの機体を、我々の前に見せてくれたのだからね」
「しかもあれは二ヶ月前のデータ……現在のスペックはさらに上昇を続けているというじゃないかね」
「未完成だろうがなんだろうが構う物か。あれほどの完成度ならば、完成品でも十分通る」
「しかし、あれには致命的欠陥が……それにボディやコストの面でもまだまだ……!!」

 口々に発せられる言葉の中に、新條の意見に同調するものは無かった。
(……やはりこうなったか……)
 無念さで、クリス……新條は唇を噛んだ。
 自分は、社長……最高権力責任者であっても……やはり資本主義の……金の力の前では無力なのだと――

 彼は、痛感した。




 株主達の無責任な声が響く中で、
 冴木は、新條に冷ややかなまなざしを向けていた。
 その瞳は目に映し出されていないものを見ているかのようだった。




     『フェミニ』量産体制に順次移行

 それが決定されたのは、二日後の事だった。

    与えられた猶予期間は 3ヶ月以内……

2000 8/8 Complete 12/12 Revsion


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