Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru


第五話
「天在地至」

テクニカル ライフ ルーツ コーポレーション ジャパン
HA中央総合研究開発所 内 HA形態研究部

 広大な敷地の一角
 それは無機質なビルの一室
 ここはそんな場所だった。
「月沢博士」
 耳障りな、美しい、男の声。
「冴木君か……?」
 振り向きもせず、言う。
「はい」
 くすっ、と笑ったのが聞こえた。
「仕事熱心ですねぇ」
「そうかね?」
「やはり……あれですか?」
 少々の含みを込めつつ、言葉を繋ぐ。
「娘さんの為ですかね?」
 冴木は近くの壁に寄りかかりる。その表情は見えない。
「社長が……」
 冴木は言葉を続ける。
「来週、来日されるそうです」
 目もくれずに、月沢はコンピュータのキーを打ちつづける。
「『フェミニ』は……どんな具合ですか?」
「……良好だよ。今の所は……ね……」
「そうですか……」
 壁に寄りかかるのを止め、冴木は廊下へ続くドアへ向かう。
「彼女を監視するのが君の仕事なんじゃなかったのか?」
「月沢博士」
 振り返り、冴木は月沢の言葉には答えずに一言警告する。
「『フェミニ』の私物化は……しないでくださいね」
「私物化した覚えは無いが……?」
「そうですか……ッフ……フフフ……」
 吹き出すように、冴木は笑い出す。
「……何が可笑しい……」
 キーボードを打つ手を止め、月沢は椅子から立ちあがり、冴木を睨む。
「……ははは……何が可笑しいって……」
 不意に笑うのを止める。
「月沢博士」
 壊れたような、不敵な、笑い。
「……『月沢明美』さんは……一体全体、今どこに居るんでしょうか?」
「何?」

『月沢明美』
 今は亡き、月沢の伴侶の名だ。

「……天国ですか?」
「…………」
「ふふ……ははは……」

 自動ドアが開き、冴木は研究室の外の廊下へと歩き出す。
「……クソが……」
 自動ドアが閉まるのとほぼ同時に、冴木は毒づいた。





     ……キーン コーン カーン コーン……

 授業終了のチャイム。
 午前中の授業はこれで終わり。
 俺はぐぅっと伸びをして、それから隣の席を見やる。
 ……何の因果か、俺の隣には未羅が座っている。
 その未羅は、机に突っ伏して動かない。
 ……確か……二時間ぐらい前から同じ姿勢だったような……
「未羅、生きてるか?」
 一応、声をかけてみる。
 声をかけてみて、本当に生きてるのかどうか心配になった。
「……死んでないよ……」
 いまいち気の抜けた声が返って来る。
「ああ、そう……」
「柄咲……」
「何だよ」
「つまんない……」
 ………
「授業ってのはつまんないもんだ」
 そう答えてやる。
 ……こいつは今までどんな生活をしてたんだろう……
 全部家庭教師だったとか?……ひょっとしたら不登校だったのかもしれない……
「何で俺に言う」
「柄咲しかわかる人いないんだもん」
 ……まあ、そりゃそうかもしれんが……
「飯、食いに行くだろ?」
 とりあえず、そんな風に声をかけてやる。
 ……放っておくとずっとここで固まっていそうに思えた。
 ……未羅ならありえる気がする……
「ごはん?」
 全く変わらぬ姿勢のまま、未羅が問う。
「ああ。飯だ」
「…………柄咲、行くの?」
「当たり前だ……食わないと死ぬ」
「じゃ、行く……」
 言って、のろのろと立ちあがる。
「未羅ちゃん♪柄咲も、これから飯か?」
 近くの男子生徒……俺の知った顔だ……が近づいて俺達に声をかけてくる。
「飯以外にやる事無いだろうが」
「まあ、そうだけどさ」
 俺の言葉に適当に返事を返して、未羅の方を見る。
「オレはさ、杏里ってんだ。高岡杏里(たかおか あんり)」
「あんり?」
「ああ、よろしくな。未羅ちゃん♪」
 未羅ににぱっと笑いかける。
「うん、よろしく」
「おい、飯食いに行こうぜ」
 無駄にしゃべってる暇は無い。
 そんなもの昼飯を食いながらすればいいんだ。
 振り返って言い、顔を前に戻した瞬間、
「はいは〜いっ♪ここでインタビューッ!!!」
 突如、マイクがつきつけられる。
「……三枝……何の用だよ……」
「いえいえ、謎の転校生と涼野君の関係について一言♪」
 三枝美紀(さえぐさ みき)……
 校長さえもが恐れるという噂の、学校随一の情報通だ。
「なんだそりゃ……」
 呆れかえる。
 ……何を考えてんだ……こいつは……
「別になんでもねぇよ」
「その割には親しげだったけど?」
にぱっと笑って、新聞紙を丸めて作ったらしきマイクもどきを俺へと更に近づける。
「何なんだよ……一体……」
 はっきり言って、無駄な憶測は迷惑以外の何者でもない。
「インタビューよ。私は真実が知りたいの」
 ……ええい!この暴走娘が!!
「だから!真実はさっき言ったろうが!……」
「あら、そう?でもね、涼野君……」
 ふっ、と意味深な笑みを浮かべ、斜に構えて両腕を組む。
「真実はいずれ明らかになるものなのよ!」
 びしっ、と俺を指差し、高らかに宣言する。
 ……すでに明らかになってるだろうが……
 ……いい加減にしてくれ……頼むから……
 今度は未羅の方へ駆寄る三枝。
「月沢未羅ちゃんだったよね?私は三枝美紀。美紀でいいよ」
「うん、よろしく、美紀」
 ………
 もういい、無視しよう。これ以上関わってると飯を食う時間を無くす。
「あ、柄咲。御飯何処で食べるの?」
 後ろから、未羅の声。降る様に聞こえる。
 ……ここで俺に聞くか普通……
「ランチルーム……」
 明瞭簡潔にそれだけ答える。
「どこ?」
 間を置かず、未羅の声が返って来る。
「………」
 三枝の忍び笑いが聞こえる。
「……ついてきな……」
 投げやりに言って、俺は教室を出てランチルームへ歩き出した。


 ランチルームは昼食をとる生徒でごったがえしていた。
 ……俺の通う高校は都立校なので、給食がある。
 で、その給食をランチルームで食べるわけだ。
「お、今日は酢豚だな」
 掲示用の黒板に書かれたメニューを確認して、高岡が言う。
「すぶた?」
 未羅の声。
「……って何?」
 ………
 お前は何処の生まれだ?
「酢豚を知らんのかお前は……」
 呆れ顔で言ってやる。
「うん、知らない」
 真顔で返される。
 ……俺が呆れている事など歯牙にもかけてない……と言うわけか……
 いい度胸だ……もしかしたら鈍いだけかもしれないが……
「こういう字を書く」
 空中で指を『酢豚』という風に動かす。
「ふーん……」
 未羅の声。
「わかんない」
「後で紙ナプキンにでも書いてやるよ……」
 はっきり言って、これ以上こいつの相手をするのは疲労を蓄積させるだけだ。
「ねぇねぇ、月沢さんって何処の生まれ?」
 そう問うたのは三枝。
「日本生まれだよ」
「嘘つけ」
 俺は反射的にそう言っていた。
「嘘じゃないよ」
 そんな声が返って来る。
 ……しかし、こいつの声はいまいち感情がこもっていない感じだ。綺麗な声ではあるのだが。
「とっとと給食取りに行くぞ」
 そう宣言して、俺は給食を取りに行く事にした。
 その時ふと思いついた。
 ……こいつ、留学か何かしてたんじゃないのか?……と。
 後で確かめてみよっと……
「……かっわいいなぁ……未羅ちゃん……」
 高岡の、そんな声が聞こえた。
 ……こいつの女の趣味はよく分からん……ま、興味もないが……


 …………………………
「何でお前らここに来るんだよ……?」
 何故わざわざ俺と同じテーブルに来る……
「柄咲以外に知ってる人少ないから」
「未羅ちゃんがこっち来たから」
「真実が知りたいから」
 …………
 「いいじゃないの♪四人分席が空いてるんだし♪」
 とは三枝の弁。
 もう勝手にしてくれ。

「ねぇ、柄咲」
「あんだよ……」
 口に物を含んでいるのでしゃべりづらい。
「『すぶた』ってどういう字を書くの?」
 まだそんな事言っとんのかお前は……
「月沢さん、本当に知らないの?」
 三枝が問う。
「うん、しらない」
『すぶた』って見た事も食べた事も無いから。と付け加える。
「………」
 紙ナプキンを取り、制服(ちなみに、俺の学校の場合、男子の制服はブレザーにネクタイ着用だ。)の内ポケットからボールペンを取りだし、『酢豚』と書く。
「……ふーん……お酢が入ってるの?」
「そーだよ」
「未羅ちゃん、お酢が入ってるから『酢豚』って言うんだぜ」
「でもこれってお酢が入ってる割には、pH(ペーハー)低いんじゃないかな?」

「………」
「………」
「………」
 三人同時に沈黙する。
「……食っただけでpH分かるのか?お前は……」
 ちなみにpHとは酸性・アルカリ性を示す度合いの事だ。
 一般的に酸性はすっぱく、アルカリ性は苦い感じがする。
「大体分かるよ」
 さらりと答える。
 ……どうやら常人とは異なる特技を有しているようである。

「いや……すげぇなぁ……」
 頬に一筋の汗をたらしつつ、あはは、と笑って高岡が言う。
「すごいの?」
 酢豚を口に運びつつ、未羅が一言。
「普通だよ」
 そんな事はない。絶対にない。

「………」
「………」
「………」
 又三人同時に沈黙する。
 しかし、それ以上未羅に何かを指摘する気にはならなかった。
「さて……っと、」
 程なくして、一番最初に食べ終わったのは三枝だった。
「これから皆どうする?」
 三枝が言う。
「どーするったって……やる事無いじゃん?」
 と、これは高岡。
 まあ、せいぜい雑談に興じる……程度しかやる事は無い。
 昼休みなんてそんな物だ。
「私はあるわよ」
 何処かしら誇らしげに、三枝が言う。
「何だよ?」
「今さっき知ったばかりの事実を記事にするの」
 不敵に笑って、そんな風に言う。
「『驚愕!舌でpHを計れる新入生』なんてね♪」
「……止めといてくれ。頼むから」
 いくら未羅が変なヤツだとは言っても、転入そうそう奇人扱いされるのはあまりにも哀れだ。
 ……まあ、コイツの場合実際変だからほっといてもしばらくすれば奇人扱いされそうではあるのだが……
「……やっぱり、自分の彼女が変人扱いされるのは困る……って訳ね?」
 テーブルに頬杖をつき、にやりと笑って言う。
 ……悪役みたいだぞ。お前……
「じゃあ、現在の二人の進展状況を教えてちょうだい。記事にするから」
「だからそんなんじゃないよ」
「嘘でしょ〜?」
 怪訝そうな顔をして、こっちを睨む。
「美紀」
 そんな所に未羅が口をはさんだ。
「え?」
「じぶんのかのじょ……ってどういう意味なの? 代名詞の使い方が不適合……」
「………………」
「………………」
 未羅の顔はマジだった。
「コホン……え……っと。要するに、涼野くんと未羅ちゃんが恋人だと私は疑ってるのよ。どう?図星でしょ?」
「……こい  人?……って、どんなこと?」
 未羅は本気で悩んでいる
「………………ど、どうやら、違うのかしら……」
 ざまあみろ、という言葉をこの場合使えるのかどうか微妙なところだった。
 複雑な心境だ……
「……これで解っただろうが……」
「それにしても涼野君と親しい感じにしてるから……一体どういう関係のなのよ。安心してよ……個人的に知りたいだけよ」
「……ただの腐れ縁だよ……たいした知り合いでもないし」
 本当に……こいつは……一体何者なのだろうか?
「……なんであなたが未羅ちゃんをかばうの?」
「全く知らないわけじゃないからな。それに俺はお前ほどにデリカシーが無いわけじゃない……って事さ」
 ちなみに、未羅は酢豚を食べている。まだ何か腑に落ちない様子だ。
 ……おそらく俺達の会話など耳に入ってさえいないだろう。
「デリカシーって、なによー失礼な」
「本当のことを言ったまでだ。お前が好きな真実を」
「……涼野君っ!」
 がたんっ!と椅子を倒して三枝が立ちあがる。
「何だよ……これ以上………」
 何が言いたい?
 ……この俺の言葉は三枝によって遮られた。
「真実はいずれ明らかになるものなのよっ!」
 びしっ!と俺を指差す。
「この三枝美紀がきっと明らかにしてみせるわッ!それだけは覚えておきなさいよッ!!」
 今日二度目になる、高らかな宣言。
「………」
 呆れたような視線を注いでやるが、ちっとも動じた様子もない。
 いい加減にしろよ。お前は。
 ランチルーム中の視線が三枝に向けて集っている。
 三枝にとって、きっとこれは自分に対しての「活」なのだと思った。

「さってと、部活部活……♪」
 足取りも軽くランチルームを後にする三枝。
 ……あいつの場合器量は決して悪いわけではないだろう。
 それでも浮いた噂が全く無いのはあの性格の所為だ、と思うのは俺だけではあるまい。
「お前も災難だな。涼野……」
 同情するかのような、高岡の声と、
「やっぱりpH低いよ……」
 そして、何処か常人とズレた未羅の声が聞こえた。


 午後の授業はいっそう眠い。
 俺の隣の未羅も机につっぷして動かない。
「転入初日から……」
 結構度胸があるのかもしれないな……
 ちなみに五時間目の授業は物理だった。
 つまり……
「月沢」
 怒りさえ滲んだ声で、木塚が未羅を呼ぶ。
 それに反応して、顔を上げる未羅。
 ……つまりは我らが担任、木塚の授業であるわけだ。
「動摩擦力(どうまさつりょく)とはなんだ?答えてみろ……」
 笑おうとしているらしいが、顔が少しひきつっている。
 そりゃ転入初日にいきなり担任の授業で居眠りのような態度を取っていたら普通は怒る。
「動摩擦力……」
 反芻するように、呟く未羅。
「運動摩擦。物体が他の物体と接触して運動するとき、接触表面から接線方向にうける抵抗力のこと。動摩擦。……運動している物体に面から運動を妨げる方向に働く力の事で、動摩擦力 F=μ’(動摩擦係数)・Nであり、この際垂直抗力Nに比例し……」
 ………聴こえても理解できない未羅の説明。
 まるで別人のようだった。
 教科書も参考書も、何も見ずにすらすらと淀みなく言ってのける。
「未羅ちゃんすげぇ……」
 高岡の呟きが聞こえた。
「……よ……よろしい……」
 ”必要以上に答えられる”とは当然思っていなかったのだろう。木塚は一瞬戸惑ったように見えた。
 誤魔化すように咳ばらい。
 ますます変な奴……馬鹿、というわけではないことは確かだな……
 そういえば……
「確かさ、未羅の親父って何かの研究員らしいぜ?」
 高岡に教えてやる。
 HA……研究?なんたら……だったっけか……
「へェ……」
 関心を持った様子の高岡。
「じゃあさ、理系強いのかな?」
「さぁ……どうかな」
 俺は生返事を返しただけだった。
 生憎、そんな事に興味は無いんだ……


……授業終了後……
やはり……というか、未羅は机に突っ伏していた。
「生きてるか?」
「つまんないよ〜〜……」
「あと一時間で終わりだ。我慢しろ」
半分は自分自身に向けた言葉だ。
「うん、分かったよ……」
やる気の無さそうな返事。
「………」
窓から外を見やる。

     ……変わらぬ風景と変わりゆく時間……

「………」

           空白が心を埋めてゆく感じ
    穏やかに、移ろう時間……

「柄咲……」
「何だよ」
「つまんないよ……」
「……我慢しろ……」
                     ……少しずつ、変わり行く景色……


      ……キーン コーン カーン コーン……

 授業終了のチャイム。
 HRが終われば放課後。
 ……とはいえ、部活に入ってない俺にやる事なんぞ無いが……
 とっとと家に帰ってぐうたらするだけだ。
 HRも三分程度で終わる。
「柄咲」
 未羅の声。
「終わった」
「知ってる」
「ねぇ、月沢さん」
 この声は三枝か。
「月沢さんは部活とか入らないの?」
「部活って?」
 ……部活も知らんのかこいつは……
「でもさ、なんか未羅ちゃんすっげぇよな。ひょっとして結構勉強できるんじゃないの?」
 高岡が横槍を入れる。
「ふーん……案外優等生なんだね」
 感心しするかのような、三枝の声。
 ちなみに、未羅は質問に答えてない。
「そんな事無いよ」
 即座に否定する未羅。
「それに……学校、始めて来たよ」
 ……はい……?
「……それって、不登校だったとか?」
 高岡が言う。
「ちがうよ」
 じゃあ一体なんだというのだろうか
「たぶん、おうちで勉強してたんだよ」
「一人で? ……たぶん?」
 三枝がたずねる。
「うん」
 ………
「そりゃまた……凄いね……」
 と、これは高岡。
「普通だよ」
 お前の普通は3mぐらい一般とズレてると思うんだが……敢えてそれを言うような事はしない。
「でさ、部活はどうするの?入るの?」
 話題を元に戻す。
「柄咲はどうするの?」
「何故俺に振る……」
「涼野は部活やってないんだよな?」
「ああ」
「ちなみに、俺はサッカー部。一応レギュラーだぜ♪」
 さりげなく(いや、露骨にか……)未羅にアピールする高岡。
 神経通ってるのかさえ怪しいような未羅にそんなアピールしたとしても……
 ……はっきり言って無駄だと思うのだが……
「あたしは新聞部だよ」
 と、これは三枝。
「これぞ全て知的好奇心の為!なんてね」
 冗談めかしているが、実際知的好奇心の為だけに動いているのだろう。こいつは。
「しんぶん?」
「そう。新聞」
「……新聞……」
 少し俯き、考え込むかのようなポーズ。
「偉いんだね」
 顔を上げて、未羅は開口一番に言う。
「……え……偉いとかそういう問題じゃあ……」
 あはは、と困ったような笑い。
「美紀は新聞部、杏里はサッカー部……」
 小声で反芻する。
「柄咲は?」
「帰宅部」
「きたく?」
 顔に?マークを浮かべる。
「寄託……北区……キタク……」
 真剣に考え込んでる。
「何をするの?」
「精一杯楽しんで帰る」
「……ふーん……」
「『ふーん』じゃないだろ」
 未羅の額を軽く小突く。
「どうやって?」
 おでこを人差し指で小突かれて、何も言わずにそのまま言葉を続ける未羅。
 何につけても、とにかく常人とペースがズレている。
 慣れてくるとなかなか面白いやつだ。
 ……やっぱりかわいいなぁ……とか言う高岡の呟きが聞こえた。
「柄咲」
「何だよ」
「ところで『ぶかつ』って何をするの?」
「………」
 やっぱり面白い奴だ。
「俺に聞くなよ、そんな事……」
 だが、それ以上に変なやつだ。
 これだけは間違い無かろう……


 

「『フェミニ』の現在状況はどうなってる?」
月沢は部下の一人に問い掛ける。
「……データ処理が追いついてませんね……かなり逼迫してます」
 そんな答えが返って来る。
 ……芳しくない答えだ。
「……オーバーフローの可能性も有りますね……突然一時停止となると……」
 薄暗い部屋で、青白く発光するパソコンのディスプレイを見やる。
「動作限界はあと8時間20分20秒±10%です」
 女性の声。
「だったらまだ十分な余裕がある。それより……」
「こう……あまりに大量のデータ処理の必要に迫られた場合……」
 男性の部下が月沢に深刻そうなそぶりで報告している。
 難しい表情で、月沢は考え込む。
「こっちからサポートできんか?」
「……外部からの干渉は不可能です。第一それは今回のプロジェクトの意義に反しますから……」
 電子音、
 パソコンのキーを打つ音。
 有機的音声はそこに在る人々の声だけであった。
「オーバーフローした場合……短期的記憶メモリ崩壊の恐れがありますが……」
「そんな事は分かってる!!」
 彼にしては珍しく、月沢は部下に怒鳴り散らした。
 分かっている……!
 今度データが崩壊した時……それはつまり私の……明美のアルゴリズムが否定された時だ……
 それはもう一度一からプログラムを組むということを意味している。
 それにどれほどの資金と時間、そして労力が必要になることか……
「バックアップを取れるか?」
「一応試してみます……が……アクセスできるのは……短期記憶メモリの部分だけで……解ってるはずでしょうけど……」
「それでもいい……やらないよりマシだ……続けてくれ」
「……整合性のない情報など……」
「黙れ……良いんだ………――いや、すまない……感情的になって……」

       ……バックアップなど無駄だろう?……
 月沢には、そんな声が聞こえた気がした。

 追記…結局のところフェミニはオーバーフローを免れた。
 先日自宅で起こったのオーバーフローのためなのか、情報処理系に学習が見られる。
 周囲反応の無視が多くなり、対応の延滞も見られるものの、これは十分な成果である。
 自立的自己再プログラムのアルゴリズムはかなり危険を伴うが現在のところ成功している模様である。

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