Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru


第九話
『替わりゆくモノ』

キィィィ…
「あら?…」
 玄関から響くドアの音に、美咲は振り向いた。
「柄咲ちゃん?」
 キッチンから顔を出すと、その傍らを、彼女の息子が通り過ぎて行った。
「……あら?」
 放心したようなふらふらした足取りで。
 青ざめた顔。
 幽霊のような存在感の無さで……
「どうしたのかしら……柄咲ちゃん…」
 頬に手を当てて、美咲は小さく首を傾げた。
 我が子の変容ぶりに不安げな表情を浮かべて……。


           十日後

 クラスの中は相変わらず、喧騒で満たされていた。
 朝のホームルームが始まるまでは、いつでも大体こんな感じだ。
「おはよっ、皆っ!」
 教室内に、一際元気な声が響く。
 一斉に振り向くと、その先では一人の少女が微笑んでいた。
 先がやや癖になった、艶やかな黒の長髪。そして、時として虹色を宿す瞳……。
「未羅……ちゃん?」
 怪訝そうに声を発したのは、高岡だった。
「おはよっ、杏里っ」
 ぱたぱたと駆け寄って、高岡の肩を軽く叩く。
「あ…あぁ、おはよ…」
「どしたの? 元気無いよっ」
「ぇ……だって…」
 呆気に取られた風の高岡。
「らしくないなぁ……何かあった?」
 高岡の表情を下から覗き込むようにして、未羅が訊ねる。
「あ、いや、なんにもないよ」
 焦って、高岡は言った。
「そう…? ならいいけど……。あ、美紀、おはよっ」
 丁度、教室に入ってきた三枝に手を振る。
 三枝も、暫く呆気に取られてから、未羅に尋ねた。
「月沢さん…何かあった?」
「え?……別になんにも無いよ??」
 不思議そうに首を傾げる未羅。
「どうしたの?…杏里も美紀も…。私、そんなに変?」
「変どころかさぁ…」
 男子生徒の一人が口を挟む。
「可愛くなったんじゃないか? 月沢」
「えへへ、ありがとっ」
 はにかんだように笑う、その様も……
(……違う)
 三枝と高岡の、共通の思い。

       …ガラッ…

 教室の扉が開く音。
「あ……」
 未羅が小さく声を上げた。
「おはよ、柄咲っ」
 にこっと微笑む。
「…………………おはよう」
 柄咲は聞こえるか聞こえないかという小さな声で言う。
 自分の席に座って、いつものように窓の外へ視線を向ける。
 その瞳に生気は宿っていないように見えた。
「柄咲……」
 未羅は、小さく眉を寄せた。
「よ、久しぶりじゃん、涼野」
 にぱっ、と笑って、高岡が声をかける。
「未羅ちゃんも…半月ぶり」
「うん、久しぶり」
 そんな三人のやりとりを見つつ、三枝は思う。
(……何があったのかしら…)
 未羅もそうだが、柄咲も様子がおかしい。
(……何が……)
 何が、あったんだろう……。

          たった半月の間だったって言うのに…

                 何が……


   10/29 (火) 晴天

 月沢さんの変貌は、むしろ好意的に受け取られていた。
 今までの浮世離れした様はほぼ完全に消え去っていて、今の彼女は、明るい、ごく普通の女の子のようにしか見えない。
 何があったというのだろう。
 たったの一週間、一週間なのだ。
 彼女が転校してきてからでも、まだ一月を数えていないのだと言うのに……。
 月沢さんは、特に男子生徒に人気があった。
 まあ、改めて見れば容姿も整っているし、今は明るくて人好きのする性格というオマケもついている。
 男子に好かれるのも、まあ分かる。
 …唯一、というより唯二の例外が、涼野君、及び高岡君の二人だった。
 この二人は、きっと私と同じような気持ちなのではないか、と思っている。
        あの子は本当に『未羅』なんだろうか

 そう思わせるほどの、彼女の変貌ぶりだった。


   10/30 (水) 晴天

 『風変わりな美少女』の話は、学校全体で話になっていた。
 やれ、性格改善セラピーだの、実は双子の姉妹だのなんだのと、憶測が飛び交っていた。
 ……ひょっとしたら、以前私が彼女の事を記事にしてしまったのもその一因となっていたかもしれない。
 ……私にはよく分からなくなってきた。あの、『未羅』という子が。
 今までの未羅が本物で、今のあの子が別人だったのか。
 それとも今までのは本性を隠すための仮面で、本当は今の性格だったのか…。
 私には、分からない。

 追記:
 リッコから電話があった。
 月沢さんに関して、気に入らない事があるとかどうとか。
 前からマークしていた男が、月沢さんになびいているのが気に入らないらしい。
 ……こうした事をすぐに他人の悪口に繋げるのだ、彼女は。
 その癖だけは治した方が良いと思うよ、リッコ。


   10/31 (木) 曇り

 月沢さんが学校に復帰して三日目。
 涼野君は、三日前からずっとふさぎ込んだような様子のままだ。
 どうしたって言うのだろう? 何か知っているのだろうか、彼は。
 知りたい気もするが、訊くのが憚(はばか)られるような気もする。
 …訊いてはいけない事が、あるような気がする。
 まあ、あくまで私の勘でしかないのだけれど。

 追記:
 沙耶から電話を受けた。
 最近、例のカレと上手くいっていないらしい。
 十分ほど話したら、彼女も安心できたようで、それで電話は終わった。


  11/1 (金) 晴れ

 先日の盗難事件に関して、学校側は警察に届け出ない方針で決まったらしい。
 何故だか分からない。
 『生徒間に疑心暗鬼の種を蒔きたくない』というのが教師側のコメント。
 ……犯人が捕まらない方が、よっぽどに疑心暗鬼の種を残すような気がするのは、私一人だけだろうか。

 今日も、ロボット関連の報道ををTVでやっていた。
 農業用ロボット云々といった事を報道していた。
 ロボットのおかげでみんなが幸せになれるというのだろうか。


  11/2 (土) 晴れ

 沙耶とリッコと、三人で遊びにでかけた。
 沙耶はどうもふさぎこみがちで、私とリッコが元気付けているような按配だった。
『最近ね、やっぱり避けられてるみたいな気がするの』
 と、沙耶。
『そんな事ないよ』と、私とリッコ。
 そんな事無い、なんて事、無いんだ。
 私は知ってる。
 彼、月沢さんになびいちゃってる。
 その事知ったら……沙耶はどういう風に思うんだろう……。 


  11/3 (日) 曇り

 父さんがディレクターを務めている番組で、TVニュースでロボット関連の特集を組むらしい。
 夕食の時に、母さんとそんな事を話していた。
 特に何事もない一日だった。
 月沢さんは相変わらず。ただ、少し悲しげな表情をしている所を私は見てしまった。
 何故?


  11/4 (月) 雨のち曇り

 雨の日はなんだか憂鬱だ。
 多分、傘を持ち歩かなきゃならない所為だと思っている。

 某タレントの不倫騒動が、TVニュースで持ちあがっていた。
 平和だと思う。こんなくだらない事で、ああまで騒いでいられるのだから。


  11/5 (火) 晴れ

 久方ぶりに、ネットに繋いだ。チャットルームで暫く話した。
 上手く会話に乗れなくて、いまいち憂鬱だった。
 …まあ、こんな日もあるだろう。


  11/6 (水) 晴れ

  放課後、月沢さんに相談を持ちかけられた。
 どうも、何処かの男子に告白されたとかどうとか。
『こういう時って、どうしたらいいのかなぁ?』
 などと言っていた。
 照れている…というよりはかなり困惑しているという風だったように思う。
 やっぱり、彼女は……
 ……いや、邪推はやめておこう。


  11/7 (木) 雨

 先刻まで、沙耶と電話で話していた。
 例の彼にフラれたらしい。沙耶はずっと涙声だった。
 フォローの仕方も思い浮かばず、私は沙耶が話すのを聞いているだけだった。
『お前より好きな子ができたから…って…』
 そう言って、別れ話をされたらしい。
 例の彼……新藤直也(しんどうなおや)だったっけ。
 最近、月沢さんにアプローチをかけてたような。
 沙耶はそういうの鈍いから、ぎりぎりまで気づかなかったのかもしれない。


  11/8 (金) 晴れ

 沙耶が学校を休んだ。
 ……まあ、昨日の今日だから仕方ないかもしれない。
 しかし、最低な男もいたものだ。
 確か……向こうからアプローチしてたんじゃなかったのか? 沙耶には……


  11/9 (土) 晴れのち曇り 

 放課後、沙耶とリッコと三人で話していた。

「最近さぁ、月沢ってなんかチョーシ乗ってるって思わない?」
 リッコが言う。
 同意される事を前提とした、そんな声だ。
 沙耶は何も言わない。
 私も、何も言わない。
「なぁんかねぇ、ムカツクって感じよね。沙耶なんか、彼氏取られちゃったでしょ?」
「え……?」
 ずっと沈んでいた沙耶が、小さく反応を見せた。
「月沢さん……なの?……」
「あれ? 知らなかったの? あんたの元彼が熱上げてるのって、月沢なんだよ?」
「……」
 俯いた沙耶の両目から、涙がぼろぼろと零れ出していた。
「……月沢さんが…」
「色目とか使っちゃってさぁ、他人の事とか考えてないのかしらねぇ?」
「……」
 そんなんじゃない。
 月沢さんは、色目なんて使ってないと思うよ?
 それに、彼女の所為でも無いよ……。
「ねぇ、ミキはそう思わないの?」
「え……?」
 私?
「いや…その…」
「沙耶が彼氏取られちゃってんだよ? カワイソーとか思わないワケ?」
「リッコ……!」
 言い方ってものがあるんじゃないの……!?
「美紀ちゃん…」
 激情に流されそうになった私の腕を、沙耶が抑えた。
「いいよ、ホントの事だし…」
 言って、儚げに笑う。
「……沙耶……」
 悪いのは…沙耶の元彼じゃないか……!

 他人の悪口ばっかり言って……
 そんなんだから、リッコは嫌われるんじゃないの?
 自分の事、ちゃんと見たほうがいいと思うよ、あんたは…。


  11/10 (日) 曇り

 最近、何をやっても調子が乗らない。そんな気がする。
 ……いつから、こうなったんだろう?
 昨日だって…思ってたことを言わなかった自分に今になって腹が立つ。
 自分は、知らず知らずに当たり障りのないことしか言わない。言っても反論されない、そういう安全な方向に逃げている。
 処世術といってしまえばそれまでだけど…
 …卑怯…だな…

 今日は早めに寝ることにした。
 来年は受験生だし、勉強した方がいいのかもしれないけど…そんな気にはなれなかった。


  11/11 (月) 雨

 『元気無いな』と、高岡君に言われた。
 確かに、最近はあんまり明るい気分じゃない。
 『大丈夫か?』って、訊かれた。
 あんまり、大丈夫じゃないような気がしてる。
 いつまでも『みんなの明るい美紀ちゃん』じゃ居られないような、そんな気がしている。

 時々、高岡君が羨ましい。
 あけっぴろげだし、優しいし……
 リッコみたいに、陰で悪口言ったりしないんだろう。言いたいことはいつだって言う。女好きだってことだって隠そうとはしない。
 私みたいに、他人の悪口を日記に書き付けたりしないんだろう。
 本当に羨ましいと思う。
 裏表のない笑い方が出来る彼が、とても羨ましい。


  11/12 (火) 曇り

 原稿を持っていく意味も兼ねて、久々に部室に顔を出した。
 ここ数日は部活をやる気分になれず、ずっとサボっていたのだ。
 とはいえ、校内新聞に書くような記事も、あまり無い。
 ……どうしようかな、最近、記事の収拾サボってたし……。


  11/13 (土) 晴れ

 でもテストが近くなってきたので、今日は勉強。
 意外なことだが、勉強してるとかなり気が紛れるコトに気づいた。
 ロクでもない事、考えずに済む。
 ……いつもこうだったら、勉強もはかどるんだろうな。






「『フェミニ』は順調ですね」
 不意に、冴木が言った。
「…ああ、確かにそうだな」
 と、月沢が答える。
「随分成長したよ…ついこの前までは、本当に子供のようだったのに」
「周囲からの反応は…とりどりですがね」
「それは……」
 月沢は、暫く押し黙った。
「仕方ないだろう? 『キー』が無かった所為で、ここ暫くはデータが更新できなかったんだ。
その分…更新時に急速な変化を遂げたように見えてしまうのは致し方ないだろう?」
「……」
 視線を落として、冴木は薄く笑った。
「全く、貴方の仰る通りだ」
 癇に障る言い方だった。
「君は…何が言いたいのかね?」
「何が……ですって?」
 笑みを湛えたまま、冴木は顔を上げた。
「別に、大した事じゃありませんよ」
「……」
 冴木は、月沢の傍(かたわら)を抜けて、歩いて行く。
(何を考えているんだ…冴木君は…)
「月沢博士」
 不意に立ち止まって、冴木が言う。
「死人を呼び戻すのは、楽しいですか?」
「何……?」
「プロジェクト フェミニティ……」
 軽い笑い声を立てながら、冴木は続ける。
「さながら、現代のネクロノミコン(死者蘇生の方法を記した本)のようですね」
 冴木は、再び歩き出した。
 月沢は、胸の何処かにしこりを残したまま、その様を見守っていた。
「ネクロノミコン……だと……?」

(彼は…知っているのか……?)
 霧のような悪意が、自分の周囲を囲っているように……。
 月沢には、感じられる。  

      ……明美の事を……知っているのか……?

 

 

 

 

     ……RRRRRRRRR……

     ……RRRRRRRRR……

「はい、こちら東都TVですが…」
 受話器を耳に当てて、その男はやや投げやりな声で言った。
 ……受話器からは、何も聞こえてこない。
「……もしもし?」
『東都TVディレクター…三枝道明(さえぐさ みちあき)殿ですね?』
「え? ……ええ、そうですけど……」
『この前の特番、見ましたよ。新型ロボットの特集のやつを』
(何だ……?)
 受話器越しに聞こえる声は、何処か含みがあった。
『ただね……惜しいですよ。現在のロボット工学はもう少し先を進んでるんですよ?』
「……?」
 三枝は、怪訝そうに眉を顰めた。
「三枝ディレクター ちょっと良いですか」
「あんだぁ? 今電話中だぞ」
「ディレクター宛に郵便が届いてました」
 と、書類入りらしい封筒を渡される。
「俺宛……? なんなんだ? こりゃ……」
『届きましたか? 私が送った資料は……』
 計ったように、受話器越しの声が響いてくる。
「資料……だと…?」
 はやるような、何処か不安を交えた心持ちのまま封筒を開く。
「……なんだ…? こりゃ…」
 数枚の写真。そして、何かの設計図だった。
(ロボットの設計図……)
『写真に映っている女の子、居るでしょう?』
「女の子…」
 写真に映っているのは少女だった。
 歳の頃なら…15、6だろうか。
 長い黒髪に、きめ細やかな肌の、かなりの美少女だった。
『その子が、同封の設計図のロボットです』
「…!?……」
『信じられないのも無理はありませんが……間違いなく、その子はロボットです』
 ロボット……?
 写真に映る少女は、人間そのものだった。
 以前の特集で扱ったような人型ロボットとは、明らかに雰囲気が異なっている。
『一週間後、…TLR…テクニカル ライフ ルーツが開催する技術見本市(製品ショー)…の時に……』
 受話器越しの声は続く。
 さながら、魔法を紡ぐ呪文のように……
『全ての真実を、公表しましょう……』

 特ダネだとは思いませんか?

           そう思うのなら……

               ……私の招きに応じて頂きたい……

 2000 5/21 Complete


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