命在るカタチ
エピローグ
クラウル&ゼア
物語の最後に、一人でも多くの人が幸せでありますように……
 夏は遠いにも関わらず、日差しは刺すように暑く感じられた。
 エレカとエアカーが空を飛ぶ町並み。そこは過去の人にとっての”未来”の町並み。
 夢と繁栄と、そしてそれらに相反するものもその翼に乗せた、ニューヨークの街並み。
 遥か聳え立つ幾つものビルは、人々が創り出した人工の森のように茂っている。
 新條は、一つのビルの入り口から、その姿を見せた。
 少し離れ、もう見る事の叶わない最上階を仰ぎ見る。
「さよならだ。TLR」
 元は父の会社だった。
 ジェネラル・オートマティック(GA)と呼ばれたその会社を母体に、新條はテクニカル・ライフ・ルーツ――TLRを興した。
 それは、彼自身の夢の為だった。彼と、彼の親友達が見ていた夢の形を描く為だった。
 ――いつの頃か、それが彼の手を離れ、事実上は株主達のものと成り果てている事に気づき、夢が他人に食いつぶされ始めている事に気づいた。
 ……芸術品は、高価な商品としての側面を持つ。
 今は亡き彼の親友は、或いはその事に耐える事が出来なかったのかもしれない。
 ――つい先刻。新條はこの会社の本社社長職を辞した。事実上は辞めさせられたようなものだったかもしれないが、そんな事はどうでもよかった。
 新條の後釜には、冴木が据えられるらしい。
 成程。彼なら株主達にはちょうどいい操り人形だ。
 彼らの利益を最優先に、実に資本主義的な会社運営を行ってくれる事だろう。それはそれで素晴らしい事だろうから。
「……さよならだ、私達の夢の形」
 いい夢を見せてもらったよ――。
 穏かな心持で、そう思う。
 ――命ある形。
 彼女達はそう呼ばれていた。
 いつしか株主達も気づくだろう。彼女達と――そして、彼女達をベースに造られる多くの”ひとびと”は、けっして従順な奴隷ではないのだという事を。
 そして彼らは苦悩するのだろう。何故こんな風になるのか、自分達の思うようにいかないのか、と。
 株主達は、親友が遺したものに気づくだろうか?
 最後に彼が残した、彼女らをヒトらしく生きられるようにする最後の抵抗――自殺動機プログラム。彼らはそれに気づいて、プログラムを書き換えようとするだろうか?
 ――それとも、その前に彼女らがただのロボットでないのだと気づくのだろうか?
 もっとも、親友が最後に遺したプログラムだ。そうそう簡単に書き換えられるような代物ではないのだろうが――。
「私は夢の続きを見に行くよ。だから――さよならだ」
 商品としての彼女達は――決して、望んでいたような代物ではなかったから。
 おもちゃとしての道具ではなく、幼い頃に夢見たように、パートナーとしての彼ら、彼女らを得る事が、三人で見てきた夢だった筈だから。
 反抗し、自らの考えを持ち、”生きているひと”を……親や血縁に縛られない生き物を生み出したかった。
 ――だから、さよならだ。
 そして――
「Good luck. シンジとアケミの子供達。キミ達がヒトとして生きられる日が、一日でも早い事を祈ってるよ」
 だから、自分はここを去る。
 ――もう、遣り残したことは何もない。


 3/14 晴天。

 ――その日は、あたし達の卒業式だった。
「いやぁー、これであたし達もめでたく卒業、って訳よね」
「ホントホントー。やっと終わったって感じよねー」
「おめでとう、美紀ちゃん、リッちゃん。単位落とさなくてホントによかったね♪」
「…………」
 反論できないから二倍悔しいが……沙耶の台詞はけっこうキッツいものがあった。
 あたしは数学で、リッコは現国と社会科で、一時は単位を落としかねないような酷い成績だったからだ。
 ……ま、当然、最後はなんとかもち直しましたけどね。お陰で大学も受かりましたよ♪(びくとりーっ!)
 三人とも、何故か合わせたように振袖に袴という服装だった。
 沙耶なんか編み上げブーツを履いてきてて、完全なハイカラさんルックというやつだ。
 ぐぅっと伸びをしてから、あたしは後ろに聳え立つ校舎を仰ぎ見た。
 ――卒業。なにはともあれ、卒業だ。
「おーい、三枝ぁ」
「お、杏里君」
 高岡君こと杏里君が、昇降口から姿を見せた。
 駆け寄ろうとしたところで、先に沙耶が声をかけていた。
「あ、高岡くーん、ちょっと写真とってーっ」
 ……別に、沙耶に悪意がある筈もないんだけど……。
「美紀ちゃーん、リッちゃんも、一緒に写ろうよーっ」
「あー、もう。分かったから。そんな大声出さなくても聞こえてるよっ」
 卒業式の午後ということで、周囲は無論騒がしかったけれど、トーンの高い沙耶の声は、その中でも一際響いていた。
 杏里君にカメラを放り投げて、写真を撮ってもらう。
 とりあえずポーズをきめてるうちに、写真撮影は終わった。
 その後は――部活の後輩達と話がはじまった。
 他愛無い話が続く。けれど、この学校でこうやって話すのも、これで最後。
 さして起伏に富んだ学園生活でもなかったけれど、これで終わりなのだと思うと、やっぱり感傷めいたものを覚えずにはいられない。
 ――ひとしきり、満足するまで話してから、あたしは校門を出た。
 途中、リッコや沙耶にも声をかけていく。
 リッコは他のクラスの友達と、沙耶は――どうやら、新しい彼氏と。それぞれ他愛ない話を続けていた。
(……さぁって……と)
 もう一度、ぐぅっと伸びをする。
 ――と、背中越しに声がかかった。
「三枝、三枝ってばよ、おいっ」
「おー、杏里君」
 走ってくる彼に、ひらひらと手を振ってみる。
 ほどなく、彼はあたしの傍までやってきた。
「三枝、これから予定、あるか?」
「予定? ……ううん、別に」
「そっか……」
 安堵したような顔が仄見えた。
「……じゃあさ、これからちょっと、どっかに出掛けないか? この前、バイクの免許取ったんだ」
「おごってくれる?」
「うっ……」
 渋い顔をする杏里君。どうやら向こうも金銭面はあんまり潤沢でもないようだ。
 けど――ごめん、今月はお小遣いがピンチなんだよね、あたし。
 結局、折半で手を打った。
「――じゃあ、それはそれとして、どこに行く?」
「そうだねー……」
 ふと――思い出す。
 この場にいない、あたしのクラスメートだった二人の事を。
 ――空を仰いでみる。特にめぼしいものは見えなかった。
 あたしのクラスメートだった二人。
 あの二人は――ここにはいない。
「……何やってんだよ、三枝?」
「え? あ、ううん。なんでもないなんでもないっ」
 時々思い出す。
 けど――忘れてる時間の方が多い。間違いなく。
「乗ったな? んじゃ、出すぜ。しっかり捕まってろよっ」
 だって――
            幸せだから……ね。



 街、と呼ばれる巨大な建造物の集合体。さまざまな思惑と利害が絡み合う場所。
 ――その一部である、大きなビルの表面は、巨大な映像受信機となっていた。
 映し出されていたのは、ヒトによく似た姿の彼女達。
 ヒトに近しい、ヒトであり得ない存在。
 ――命在るカタチ。
 彼は立ち止まり、暫し……連なる画面を眺めていた。
 映像が切り替わり、キザったらしい男の顔が映し出される。そして自慢げに語る。彼女達の事を。
 技術の革新。
 人の新たなるパートナー。
 彼女達を彩る言葉は、華やかで――空虚で。でも――

    「ねぇ――塚咲?」

 ――ふと。名前を呼ばれる。
 振り向けば、彼女がいた。
 ヒトに近しい、ヒトでない存在。
 技術革新。
 人類の新たなるパートナー。
 人々は口をそろえて彼女をそう見る。
 でも、彼にとっては……一番……一番、近しいひと。
「行こうか」
 彼は呼びかける。
 華やかな笑顔が言葉に応える。


 ただ、雑踏に飲まれて。
                    二人の姿は、街並みの向こうに隠れてゆく。
 時は満ち、すべてを巻き込んで残酷に流れていく。
 ”未来”
 それでも、彼女は今の姿のままに存在し――
 彼が朽ち果ててゆくのを見るのだろう。
 そのとき、彼女は一人ぼっちで――それでも彼女は”生きて”ゆかなければならない。
 生きている意味……いや、そんな高尚な考えじゃない。
 ”未来”。予想もつかないその先にあって。

 ただ――願う――
               その時ひとりでも多くの人が、幸せでありますように。と。

おわり