デスメタルという名の金属。 (小説)

 

 

 

     序章

 

 

 

 僕は空想癖の強い人間かもしんない。

 

 例えば授業中に勢いよく机の上に直立し「ぼくのチンコは蒸気機関車ーー!」と叫んで隣に座ってる女子の顔にションベンをぶっかけて、ズボンをおろしてウンコを漏らしたほどよい茶色のブリーフをみんなに見せびらかしてから「気球船は宇宙まで飛びますっブッブー!」と叫ぶ、なんつう事を退屈な授業中にボーッと考える。そうすると春の陽気なのか空想のせいかチンコがムズムズしてくるので、ションベンのふりをしてトイレに行ってマスターベーションをするのが日課だ(余談だがマスターベーションってションベンをマスターする年齢になると出来るようになるんだって。逆から意訳してみ。それとマスターベーションをマスターするとセックスが出来るようになるという噂は信じたい

 だけど来年は中学にも進学するし、もうそろそろやめようかなとは思う(とは言いつつ来年もクラス替え程度の代わり映えのないメンバーで退屈だし駄目かもしんない)

 こんな僕でも友達はいる。決して多くはないけど。

クラスでいじめられているのか微妙な立場のタバタと、ゲーム好きなんだけど変わったゲームしかやらないからクラスから浮いているヨシオ君だ。二人とはよく話すけど、自分の空想は話さない事にしている。小学六年生でこんなことを考えている僕は変態だろうし、理解されないと思う。大人はこういう変態な事を発言しても許されるから、早く大人になりたいなんて言ってみる(エロ本とかインターネットをみるとワンサカいる。あの人たちは変態だと自分で言ってるし、変態と思われることに誇りをもってる。不思議だ。僕は自分の空想が人にバレたら恥ずかしくて巨大扇風機に投身するだろう)

 こんな僕でもクラスでは目立たず生きてきた。肥溜めに沈めて僕のゲロと精液で栽培したくなるようなクラスの連中にいじめられるのは勘弁だからだ。彼奴らとは適当に話をあわせてればいい(だけど彼奴らはガキだからノリが悪いとすぐに絡んでくる。だから出来るだけ会話の輪からは離れたところにいるように心がけている)

 そんなこんなで、割と平穏な日常を送ってきたのだが、ここのところ異変が起きている。

 

僕がウンコを漏らしたという噂が流れているのだ。

 

 

 

      2

 

 

 

 それは二日前から始まったんだと思う。

ガリガリに痩せているのを可愛いと思い込んでいる女が、

「ねー、なんか教室くさくない?」

豚っ鼻をした女子がブタ鼻をクンクンと動物的な動きをして「うん、なんか臭うよね」と同意していた。

 それからガリガリ女はクラスの連中にまるでジャンヌダルクのような使命感を持ってクラス中に「教室が臭い」という事を伝えていた。そんなことをしなくても臭いなんて自分でわかるだろ。テメーの鼻が腐った脳味噌の臭いを嗅いでるだけなんだよ、と腐った脳味噌がどんなものかを想像している時であった。不意に背中の方向から

「見えるよ。君でしょ」

と声をかけられた。

驚いて振り返ると、だが、そこには誰もいなかった。腐ってるのは僕の脳味噌かな。

 次の日、学校に登校すると今度は自分でも何かが臭うのがわかった。甘ったるくて、鼻の奥に沈むような不快臭。どこかで嗅いだ事がある臭いかと思ったら、昔、硫黄温泉に家族旅行したときに嗅いだ覚えがあった(関係ないが温泉は嫌いだ。なんでワザワザあんなウンコ臭い液体に入らなきゃならないんだ?異常に熱いし、湯船は他人のアカがびっしり付着していて汚いし、それにたまに本当のウンコが沈んでたりする。温泉は汚水溜まりに浸かるような嫌悪感がある)

 そう、自分でも気づいていたんだよ。この香り。だけどそれを想像する前に

「おい。誰かウンコ漏らしてるやついねー?」

と誰かが言った。クラスがどっと笑った(というかそこで手を直立で挙げて「僕でーす!僕でーす!」と奇声を発した後に、「こんなに素直に告白した僕は末は総理大臣かルンペン。ウンコだって人間の一部だーい!」と叫びたかったが、さすがに小六にもなってウンコを漏らす僕ではない)

 だが、僕ではないがウンコを漏らしそうな奴がいた。知恵遅れだけど普通学級に通っているエビサワだ。彼は建前上「絶対にいじめちゃダメ」な存在だけど、一緒に遊ぶという名の下でよくいじめられているのを知っている。巧妙に「遊びの範囲内」で彼をからかい、彼がムキになると「これは遊びだよ。知障の君には難しいかな?」という態度をとる。その巧妙ないじめ方に反吐が出て臓物が出そうになるが、こんなのがクラスの大半だ。

 それは置いといて、このエビサワは小五までしょっちゅうウンコを漏らしてクラスメイト(笑える言葉だ)を涙目にさせてきた。ウンコを漏らした彼は、情け無さそうに顔を涙と鼻水でグチャグチャにしてウ〜ウ〜唸りながらクラスをさまようのだ。その姿は救いを求めて地獄であがき続ける亡者のようであり、瀕死の赤ん坊を抱えて助けを求める母親のようでもあった。もちろんクラスの連中は「ウンコがうつる」という理由でエビサワが近づくとキャーキャーわめいて避けていった。別に僕はエビサワに同情なんてしなかったが、「地獄は此処にある」と幼心に悟った。

 

 

   3

 

 

 究極の選択です。カレー味のウンコと、ウンコ味のカレー。絶対食べなければならないとしたらどっちを食べる?

僕なら間違いなくウンコ味のカレーだね。だってカレー味のウンコは、しょせんウンコさ。

 小学校は授業が終わるごとに休み時間がある。この時間の教室は原始人の巣窟になり、甲高いおしゃべりや奇声を発するガキどもで混沌とする。僕といえば、たまにタバタやヨシオくんと話すか、この騒音から逃れるように机に顔を沈めて空想に浸るかして過ごしていた。

 だが、その日は違った。なにやら騒音の中から自分の名前が聴こえてくるのだ。誰だって他人の会話に自分の名前が出てきたら、耳を立てて盗聴するだろう。特に僕は心臓に鳥肌が立ち、鼓動がしっかりと耳に聞こえてくるほど気になるのだ。僕の名前…というよりアダ名で呼ばれているけど…「イマイチ」

 こんな屈辱的で軽薄な呼び名があるだろうか?僕の本名は「今井シンイチ」

ただ単に本名を略しただけと云われればそうかもしれないが、明らかにこのアダ名は優越感と蔑みが滲み出ているのを感じる。確かに、僕は低学年の頃から運動も、勉強もビリに近かったよ。他人を笑わすこも出来ないし、なによりクラスでの存在感がない。だからイマイチという評価も分からなくも無いさ。だからと言ってそう呼ぶか?僕は名前を呼ばれるたびに、この人間社会での僕のポジションを自覚される……(だいたい、会話でイマイチという単語が使われるたびに僕は胸に衝撃を感じなければならなくなった。「イマイチ、天気が悪い」などという日常会話すらも、まるで自分の所為で天気が悪くなっているような感覚に襲われる

 三つ隣の席で女子どもが、内緒話の陣形をして僕の名前を出している

「ねぇねぇ聞いた?実はイマイチが犯人とかいう噂があるんだけど」

「ウソー。マジで〜。でもイマイチならありえるかもね」

 おいおい内緒話ならもっと小声で話せよ。バッチし聴こえてるぜ。これだから低脳便女なんだよ。まったくワキの下を冷たくさせやがって。だけど犯人ってなんのことだ?なにか重大な事件が起きたのだろうか?だいたい、僕が最後に犯罪を犯したのは三日前のコンビニでエロ本を万引きしたのが最後だ。も、もしかしてそれがバレたのか?まさかありえない。もしありえるとしたら、あのコンビニの店長の娘がウチの学年に居て、監視カメラを観ながら「この子知ってる。六年二組の今井くんよ」となるんだけど、実はこの娘は僕に密かな恋心を抱いていて、噂をすることによって僕が堪忍して自らコンビニに自首して来るのを待っている。僕がコンビニを訪れたとき、彼女は「そういう正直で美しい心の今井君が大好き!」と告白するのだが、ごめん、実は僕は片思いの子がいて君とは付き合えないんだ…と断ろうとするんだけど、よく観るとその子は白いブラウスの似合う凄く可愛い女の子で、もう僕はどうしたらいいのかわからなく……。

「そうなんだ。この臭いはイマイチがウンコを漏らしたからなんだね。サイアクー」

 

は……。

 

 その日の学校が終わるまでに、僕がウンコを漏らしたという噂は教室中で囁かれた。あちらこちらのグループで、ウンコ、イマイチ、ウンコ、イマイチ、ウンコ、イマイチ、イマイチ、イマイチ、ウンコ、ウンコ……。

 僕はいつもより深く机に埋もれて、身体中の震えを押さえるので必死だった。背中とワキの下は汗でびっしょりと濡れて、ズボンの中を冷たい水滴が通るのが分かった。とにかく冷静に考えよう。これは一体なんなんだ?僕は断じてウンコは漏らしていない(もっとも新しい記憶のウンコ漏らしは、小五の時に鉄棒で逆上がりをした瞬間に「ミ」がちょっと出てしまったことだ。あの「ミ」がヌルっと出たときの取り返しのつかないような厭な感触と、その後、漏らしたことがバレやしないかという、まるでスパイ映画の主人公になった気分は忘れることが出来ない)漏らしていないのに、なぜ噂がたっているのだろうか。普通なら真っ先に疑われるのは知恵遅れのエビサワのはずだ。……もしかしたらイジメか?だが、イジメなら急速すぎる。なによりきっかけが一切思いつかない。だとしたら……すべて僕の妄想ということも考えられる。この前、題名が気に入って読んだ「やさしいキチガイ病入門」(確かこんな名前)という本があって、この中に「精神分裂病という、まさしくキチガイ中のキチガイな病気がある。この病気の初期症状は、他人が自分の噂をしているという被害妄想を抱いたりするところから始まる。その後、だんだんと被害妄想がエスカレートし、最後は殺されると勘違いして、まったく関係の無い人を殺したりする重病である」と(確か)書いてあった。そうか、全部僕の被害妄想かもしんない。ああ。とうとう空想のし過ぎで頭がおかしくなってしまいました。みんなが笑ってる。お日様も笑ってる。る〜るるる〜る〜。こうして僕はキチガイの烙印を押されて白い巨大な棺桶のような病院に幽閉されるんだ。そう本には書いてあった。そして死ぬまでパーになる薬を飲まされて、人体実験をされて廃人になって人生を終えるんだ。僕は頭がおかしくなってしまった!

 僕の恐怖はさらに強くなり、世界が震えてきた。理性の縫い目が音を立てて引き裂かれていく。もうだめだ。発狂しそうだ…。

「クセ!」

 突然の声に僕は驚いた。クラスのお調子者のテライが、僕の側まで来て、わざとらしく鼻をつまみながら台詞を吐いたかと思うと、直ぐに仲間達のところに戻って行った。ケラケラと集団で笑っている。……そうか、僕はウンコを漏らしていない。こう考えるんだ。僕の被害妄想と、本当に噂をされている。真実は本当に噂をされていると信じよう!カレー味のウンコとウンコ味のカレーと同じことだ。カレー味だとしてもウンコはウンコ。僕の被害妄想で、実際には噂をされていないとしても、頭がおかしくなったことには変わりない。それなら味がウンコだって、カレーを食べたほうがいいに決まってる。僕の噂には根拠が無い、まったくの出鱈目なんだから、すぐに疑いは晴れるはず。気にしすぎてはいけない。いつも通りやり過ごすんだ……(それにしてもカレー味のウンコは一週間、カレー粉ばかり食べていれば作れそうだが、ウンコ味のカレーはどうやって作るんだ?そもそもウンコなんて食べたことがないから、味がわからない。一説には苦いらしいから、コーヒー豆なんかを入れるのかな?)

 僕は疲れきった神経を引きずって家に帰った。

親には何も話さなかった。なにより僕は家族に心を開いていない。

 その日の夜、クラスの連中に、ウンコ味のウンコを無理やり喰わされる夢にうなされた。味はやっぱり苦かった。

 

 

 

     4

 

 

 

 ……僕に起こっている異変を分かっていただけただろうか?そういう訳で、僕は布団と融合してしまった。

 身体は重く、出口の無いトンネルにいるような気分だ。

布団の外側――外界はまるで真空地帯のようで、触れたら一瞬にして引き千切られるのが分かる。僕はこのまま死んでいたい。生きて屠殺場(学校)には行きたくない……。昨日のことが脳裏に蘇ってくる――窒息しそうだ!僕は頭を抱えて掻き毟る。何度も何度も自分に問い掛けた疑問、「どうしてウンコを漏らした」という噂をされているのか?だが答えは出ない。今まではいじめられないように、目立たないように生きてきた。あああ、なんという運命の残酷さ!僕の努力はまるで不祥事を起こして番組を降板されたタレントのように、最初から存在しないかのごとく消えてしまった……。

 

「何度言わせるの!起きなさい!何時だと思ってるの?学校の時間よ!!」

 親(女)がいい加減に金切り声を上げてきた。高音で空気に亀裂が入る。

 僕は「起きれないよぉ。学校には行けない」と布団の殻から呻くが、すべては無駄だと分かっている。この女には僕の痛みなど一億分の一も伝わらない。強引に布団を剥がされ(それはまるで皮膚を剥がされるような苦痛だった)そして僕は真空地帯へと放りだされた。

 通学路から学校に向かうまでの一歩一歩すべてが、試練であった。これから起きることを考えると、めまいがして気持ちが悪くなってきた。……とにかく、キチンと釈明すればいいのだ。だけどちゃんと喋れるかな?話している最中、ゲロを吐いたりしないかな……?――僕の意識だけが未来へとタイムスリップし、恐ろしい事態を観たあとに現在へと意識がもどる。それが津波のように繰り返し繰り返し起こった。僕はこの現象こそが不安の正体だと知った。

 学校の下駄箱をあけると「ウンコ」と書かれた紙が眼に入った。罠にかかった兵士のように、胸にダメージが走ったが、まぁ予想済みだ。大丈夫、大丈夫、大丈夫……。今は変な妄想はしている時ではない。自分を洗脳する勢いで元気付けなきゃ。だって、さっきから屋上から飛び降りて脳みそがグチャグチャになるイメージが頭の右後ろでぐるぐる回転しているんだよ!足が勝手に動いて、屋上に向かわないか恐怖だ……。

 クモの巣をかき分けるような気持ちで階段をゆっくり登った。そうさ僕にも考えがある。朝のホームルームが始まる寸前に教室に入ればいいんだ。休み時間は他の学年の階に行って、ブラブラ時間を潰せばいい。さすがに授業中に堂々と僕に何かを言う奴はいないはずだ。よし、ちょうど今本チャイムも鳴った。グッドタイミングで教室に入る。

 ――これはどういうことだ?……どうして教室の外にまだ生徒がいる?しかも大勢……そしてどうして先生(今は糞先公など言うつもりは無い。まさしくセンセー!というのがピッタリな心境だ)が居ないんだ?

 理由はすぐにわかった。色々分かった。僕はバカじゃない。『すぐに色々分かった』

 第一、センセー!が居ないのは、どうやら一時間目は自習らしい。深緑色の黒板の白い文字がそう死刑宣告をしてくれた。第二に、なぜ教室の外に大勢の人だかりが出来ているか。――そう、僕は一瞬咳き込んだ。この鼻の奥まで侵入してくる不快な刺激。ウ、ウンコくせぇ!

 どいうわけか教室は昨日よりもウンコの臭気が立ち込めていたのだ。皆、教室の外か、窓を開けた教室の窓際に集まっていた。唯一、非日常的な中で日常を送ってるのが、ニヤニヤとしながらノートにラクガキをしているエビサワと、ゲームの攻略本を読んでいるヨシオくんだけだった。そうだ、なにを怯えているのだろう。僕もあの二人と同じように日常を過ごせばいいんだよ。僕は何もしていないのだから。だいたい、ウンコを漏らしてそれを三日もほっとくバカがこの世にいるのか?居るとしたらもうこれはテロ行為だな、生物兵器テロ。このクラスの糞野郎どもに糞による断罪を行うなんて、なんとも粋な奴だな。ハハッ。

 気がつくと視線が僕に集中していた。僕の存在にクラスが気づいたのだ。沢山の眼、白眼、黒眼、白眼、黒眼、白眼、黒眼……。その視線は銃口を向けられるかのような威圧感と殺傷能力を持っていて、特に深淵のような黒眼からは、弾丸よりもさらに恐ろしいものが出てきそうな気がした。

 僕は銃殺されそうな恐怖心を抱えて自分の机へと向かって行った。

 

 

 

       5

 

 

 

 さーてと、急いで自習の用意をしよう。こんなに自習が楽しいと思ったことは一度も無いや。自習とは自分自身の意思で勉強をすること。常識的に考えれば教師公認のサボりなんだけど、今の僕はそんな常識的行動をするほど平凡じゃない。僕は何にも負けない強固な意思で『自習』という人類が火星に到達するほどの偉業を成し遂げなければならないのだ。そうだ苦手な算数を成し遂げなければならないのだ。ゴキブリのような光沢をもつランドセルから振るえる手で教科書をこぼす。僕は自習を成し遂げなければならないのだ。成し遂げなければならないのだ。ならないのだ……。だ、だから僕の周りから消えてくれ。皆消えてくれ!そんな眼で僕を見るんじゃない!

 僕は周りに居る人間達を無視してランドセルから教科書を出す。何かを言っているようだがその音には意識をそらした。こうすることで声を聞かずにすむ。

「おい、イマイチ!お前くさいんだよ!」と、もちろん音が脳内に響くが、知らない。僕はこの音が何語か知らない。どうやら遠くの異星人の星に来てしまったらしい。多分、この言葉は「天気がいいので外でスーパーキャッチボールをしてみてはいかが?」なんて誘われているのかもしれない。あ、スーパーキャッチボールとはボールを同時に三つを使って、お手玉のようにキャッチボールをするこの星の独特の遊び。これがなかなか難しくて、地球の重力じゃ子供には無理。だからこの星でしか発達しなかった遊びらしい。ついでに言えば僕はこの星なら三段の腕前。この星の住民はいつも食パンのようなものを齧っていて、

「なぁー、イマイチ。シカトすんのもいい加減にしろや?」

 僕は地球に戻った。クラスの中心の黒石が僕の頬を鷲掴みにして、見下すような眼で睨みつけてきた。反射的に「……ふぁい」と情けない声が出て、涙がホロリと滲んでしまった。黒石は僕をゴキブリよりもミジンコよりも大腸菌よりも下等な下衆野郎という眼で見下す。

 この黒石という男は運動が出来て人を笑わすことが出来て女の子に人気で、ついでに気に入らない奴は冷酷な手段で潰すことによってクラスの中心に君臨している野郎だ。僕がクラスで一番死んで欲しい奴。だが、僕の観察眼ではコイツは常に他人を下に見て、本当の友達は居ない。だけどクラスの野郎どもはコイツが恐ろしくて友達のふりをしている。 一度、黒石以外がクラスの中心で盛り上がっていたとき、黒石が不機嫌になり、その罪も無い人気者に因縁をつけて潰してしまった。クラスの下衆野郎どもが陰で黒石の悪口を言っているのをよく耳にする。黒石も腹黒い糞野郎だが、それを知った上で一緒に居る連中も最低の糞野郎どもだ。

「お前の机からすげえ臭ってきてんだけど。ウンコでも飼ってんのイマイチ君は?」

 僕の周りから爆発したように笑いが聞こえてくる。黒石はますます強く僕の頬を掴んで、ますます涙がこぼれてきた。そんな涙で泌む世界で、僕はある人を探していた。前方の席で彼女はそこに居た。彼女は僕を哀れるような目で見ている。彼女の名前は伊藤アキ。僕の天使。

 伊藤アキとの出会いは忘れもしない、小学一年生だ。伊藤アキと今井シンイチ。名前順で同じ一番目だということで、隣同士の席になったのが最初だ。一目見て僕はその小柄でクリクリした大きな目、丸みを帯びた可愛らしい頬に一目惚れをした。まるでアニメの世界から飛び出してきたような美少女は、僕の一番の宝物になった。もちろん、僕がそんな可愛らしい子と喋れる訳も無く、ずっと遠くから見守っていただけであったが、天使のように優しくて可愛いくてシャイな彼女と同棲したり結婚したりする空想が僕の一番のお気に入りだった。一緒に夕食とか食べちゃったりして、夜は同じベットで一緒にね、寝ちゃったりして!ああ!

 そんな彼女に僕の無残な姿を見られているのが、消えたくなるほど恥ずかしくて惨めだ。哀れみの表情で僕を見つめる彼女。……こんな時なのにドキドキしている僕は変態なのだろうかやっぱ。

 とにかくどうしようもない状況に置かれている僕は、黒石がやっと頬から手を放したので机の上に散らばった教科書を片付け始めた。机に教科書を入れたとき、何かがつっかかった。グンニョリ。そう擬音語で表現出来る感触が腕に伝わってきた。僕は周りの視線を無視しながら、その厭な感触がした「何か」を厭な予感で震える手でそっと取り出した。

「な、なんじゃこりゃあ……」

 思わず口から陳腐な台詞がこぼれた。

 

 

 

 

     6

 

 

 僕の右手にある物体。くしゃくしゃの透明のビニイルに、ゲル状の茶色い物質が元は白かったであろう布で覆われている。ビニイルの口はねじってあるだけで、そこから内部の熟成した気体が外に漏れているというのが容易に分かった。

 僕の心と同様、周りの観衆も静まっている。なんという穏やかさだろう。僕の冷静な観察眼だと、この中のカレーのようなものはカレーではなくウンコで、周りの布はマジックで僕の名前が書かれているブリーフでないだろうか。この文字は確かに親(母)の手で書かれた特徴ある文字であることは間違いない(というか恥ずかしいから下着に僕の名前を入れるなと四十二回は言っているのだが聞いちゃくれない。親は名前を書かなくちゃ僕が下着を無くす馬鹿だと見下しているのだろうか?)

 そうだ、ははは。僕の右手にあるこれに名前をつけよう。ビニイルウンコ。ビニイルの中にあるから『ビニイルウンコ』いい名前だ―――。

「イマイチ!おめーウンコなんて隠してるんじゃねーよ!」

 黒石が第一声を発し、止まった時が動き出す。僕の周り、いや、世界中の悲鳴と笑いと罵倒が爆発した。

「キャーーー!!」女子どもが一斉に僕の周りから金切り声をあげながら散らばった。

「くせー!くせー!信じらんねえ。ウンコもらしているよコイツ!」「小六にもなってなにしてんの?きもちわりー!」「ウンコを大切にビニールに入れてるよぉ。おまえウンコ喰って生きてるの?ウンコ星人だなイマイチ!」「ハハハッ、うえー!超臭くて気持ち悪くなったぞ!このウンコ漏らし!」男子達は笑いながら罵倒を口々に叫ぶ。「サイテー、サイアクー」「クサーイ」散らばった女子どもも口々に何かを訴えている。これは僕のじゃない、これは僕のじゃない、これは僕のじゃない、と言おうとしているのに、唇がブルブルと振るえて何も言えない。涙と鼻水が壊れた蛇口のように勝手に出てくる。ここで弁解しないと本当に僕が犯人じゃないか!これは誰かの陰謀だ。弁解できないのはこういう展開に弱いからなんだ!

「このウンコ漏らし。臭いんだよ死んじゃえ!」

 こ、この声はタバタ!いつもクラスの人間から相手にされないから僕のところにきて一緒に居るタバタじゃないか!窓際で他の連中と一緒に僕を罵っている。ぼ、僕だってお前の事友達なんて思ってなかったぞ。お前が可哀相だから同情で一緒に居てあげただけなんだぜ。くっそー、お前こそ死ね!

「ウ・ン・コ、も・ら・し。ウ・ン・コ、も・ら・し。ウ・ン・コ、も・ら・し」

 クラスで手拍子と供に、生贄の宴が始まった。

 

 

 

    7 

 

 

 耳を擘くような轟音が教室中に鳴り響く。窓を見ると米軍の戦闘機と思われる太陽の光を反射して、まぶしく光る灰色の鉄の塊が、この3階の教室に突っ込んできた。埃に息を吹きかけるように吹き飛ばされていく教卓、机、椅子、教科書、黒石、タバタ、その他大勢。一瞬にして教室が炎のジューサーに変り、人間の肉を燃やしならが引き裂いてく。僕は佐藤アキの所まで光速で駆けつけ、身を犠牲にして必死に彼女を庇護う。僕の皮膚はずたずただけど、僕のお陰で彼女は無傷だった。僕はこれでノーベル平和賞なーんて妄想は意味がないんだよ!周りは「ウンコもらし」の大合唱をしてるし、僕は何も言えないでただ下を向いて涙を流している。こういう時こそ冷静に次の行動を考えて対処するんだ……。

1、『これは僕じゃない。誰かの悪戯だ。もし仮にウンコを漏らしていたとしたら三日間も放置する馬鹿は居ない』と弁解する。うむ、これなら説得力抜群だ。だけど致命的な事にブリーフには僕の名前が書いてある……。

2、ただ黙って教室を出て行く。僕が今一番やりたい行動だが、疑惑は晴れないどころか、自分がやったということを証明するようなものじゃないか……。

3、『僕はもう限界だエビサワ。ごめん、もう黙ってられないや。実はエビサワがウンコを漏らしたからパンツを貸してあげたんだけど、またウンコを漏らしたみたいだ。それで僕に返してくれたみたいだけど、ウンコ付じゃあこりゃ迷惑だよ。まぁこれは僕が捨てておくから、もう二度とウンコを漏らさないようにな』

 こ、これだ!何度も漏らしているエビサワならウンコを漏らしても不自然じゃないし、知的障害だから何にも考えずウンコをビニイルに入れて返しそうだ。それにエビサワを匿っていたということで僕の株も上がる。障害者のせいにするなんてちょっと気が退けるが、エビサワなら口答えしないだろうし、……まぁそういう頭に生んだ両親を恨むんだな。

「ウンコ漏らしさんよ。もうそろそろ何か言ったらどうなんだ?黙ってないで」

 黒石が教師用の大きな定規で僕の頭を弾きながら挑発してきた。ああ。言ってやるよ最高の弁解をさ!

     

 

 

         8

 

 

 僕は深呼吸して前もって考えいた弁解を話し始めた。

「ぼ、ぼ、ぼぼぼぼぼぼおぼおぼおぼぼ、、、」

 く、口と身体が震えて上手く喋れない。僕が感じていた恐怖と緊張は想像以上に身体が反応していたのだ。「ぼぼぼ、びぼぼ、っぼぼぼ、くぅぼぼぼ、、、」『僕』と言いたいのにこの言葉が出ない。喋るたびに全身が震え、鼻がツーンとしてきてドロドロと鼻水が出て、涙と唾液と一緒に机に滴り落ちる。多分、顔は真っ赤に充血していて、汚物まみれで凄い事になっているのかもしれない。そう考えるとますます喋れなくなってしまった。「ぼっ、どっ、うぼぼ、、ぼぼ」……皆黙り込み、目の前で人が死んでいくのを見ているような顔で僕を見ている。

「気持ち悪い……」

 僕はその言葉がはっきりと聞き取れた。まさか、、そんな、彼女がそんな事を言うはずが無いのに、そんな、まさか!伊藤アキが、天使のような子がそんな事を言うはずない!そりゃその他多勢の愚民どもがそういうなら気にしないが、伊藤アキが、僕の天使、僕のお嫁さん、僕の一番の宝物アキがそんな、そんな、そんな!!

 

 僕の中で何かが消滅した。目を閉じると見える白い鎖のようなものが引き千切られた。この鎖のお陰で日々守られていたものがあったんだと思う。でも、それは、それは……そうか。そうだったのか……。

「ぼ、ぼぼ、ぼぼ僕でーす!僕でーす!ウンコを漏らしたのは僕でーす。僕のチンコは蒸気機関車ー!!お前ら女子どもション便ぶっかけてやるぞ〜!マスターベーションぷっぷっぷ〜宇宙まで飛びます飛びます!巨大扇風機に飛び込むか肥溜めで僕のゲロで培養されるかどっちかを選びな。腐った脳みそならカレー味のウンコを選びな。だけどなめんなよ、僕は白いブラウスの似合う女の子と付き合うんだ。ついでにスーパーキャッチボール三段の腕前。宇宙全域を支配して大腸菌よりも偉いんだ!」

 僕は、手にしたビニイルウンコを振り回しながら叫んでいた。周りは驚いてたじろいでいたが、黒石が「い、イマイチが狂ったぞー!」と言うので、

「なにが狂った、だ。これを狂っているというならお前らはどうなんだ。僕は普段考えていることを言ったまでだ。そうだ黒石、お前は本当は周りの人間を見下しているだろ。そしてコイツらお前の悪口を陰で言いまくってるぞ。ははは。仲良く死んじまえ。そこの女どもも五月蝿いんだよ、豚っ鼻。タバタ、お前も友達のふりが上手いな、クズ野郎。はははは」

 黒石が顔をサルのように赤くして定規で振りかかって来た。僕は手にしてたビニイルウンコを思いっきり、投げた、黒石に。見事顔面に直撃し、ビニイルは爆発して中のウンコが空中に飛び散り、ウンコの雨が教室に降った。

「糞なクラスに糞を降らせてやったぜ。ははははっ、皆死んじまえーー!!」

 教室は悲鳴と怒号の嵐だったが、僕は笑いつづけていた。こんなに開放感に充ちた笑いは生まれて始めてであった。僕はいつまでもこの快感に酔いしれていた……。

 

 

         最終章

 

 

 その後の僕?変化といえば成績が上がって友達が増えて彼女が出来たとかかな。

もちろん、ビニイルウンコ事件の後は激しいイジメにあうかと思ったけど、誰もが僕を腫れ物を触るように避けていき、そういうことは無かった。何か話し掛けられても、気に入らない相手なら「ニルッチ、ニルッチ」とだけ答えていたら、どうやら真性のキチガイだから危ないと思われたらしい。

 さらに、ヨシオ君に「お前ってあんなに面白い奴とは知らなかったよ」と見直されたらしく、前よりも交友を深めたりしていたら、気づくと他のクラスの変人扱いの人たちとも仲良くなっていた。自由に思うことを言い出してから、面白い奴と思われるようになり、さらに授業中も妄想で潰さなくなったので成績もあがった。

 そして中学二年の時に親がコンビニの店長の子とも付き合うようになり、昔では想像もつかないような立場になった。めちゃくちゃ可愛いわけじゃないけど、白いブラウスが似合う女の子だ。彼女曰く、僕の誠実なところが好きらしい。よくわからないけど。

 今となっては、あのビニイルウンコが誰の仕業だったかなんかどうでもいい。あの事件のお陰で僕の人生は空想も出来ない展開に変った。ただ、気になることがあの時のエビサワの落書きに食パンをくわえた異星人と、飛行機の絵だと思われるものが書いてあったことだ。どうして僕の妄想とエビサワの落書きが同じなのかは不思議な話だが、エビサワは中学には上がれずに養護学校に行ってしまったから確かめるすべももう無い。

 よく彼女に話すことが「僕はよく狂人扱いされるけど、別に言いたいことを言ってるまでなんだ。世の中を見回してごらん。普通の人だって言いたいことを言い出したらとたんに狂人扱いされるだろうさ。彼らはそれを恐れて何も言わなくなり、ますます狂気の濃度が濃くなっていく。だけど本当は何を言いたいのかも分からない。言いたいことを言う力を削がれながら生きてきたから言葉に出来ないんだ。だから最後には爆発して死ぬんだろうね……」

 そうだ、もうそろそろマスターベーションもマスターしたので、今日当たりセ、セックスできるかな……。

 

 

 

 

 

 

   物語は完る。だが、人生は続く!