雪の日

西野績葉

wrote at 2003/11/14

 俺はもう就職が決まってる。大学では、それを回りからは羨ましいと言われる。どんな仕事かは内緒だ。でも俺はあまり嬉しくない。
 部屋の外を見ると、雪が降っていた。
「雪か……通りで寒いわけだ」
 雲が暗澹と立ち込めている。雪の結晶は、ゆっくりと空から落ちてくる。
 俺は子供の頃、いつ見ても雪は美しいと、そう思っていた。空はこんなにも憂鬱なのに、雪ってやつは雨とちがって、まるで白い宝石の様だと。
 雪が降ると子供の頃のことを思い出す。あの雪に覆われた町のことを。
昔、俺は田舎の村にいたことがあった。その村は山の方にあって、冬になるとよく雪が降った。交通機関もバスが一時間に一本あるか無いかという田舎だった……
     ◆
 僕は走っていた。五メートル先を一人の長い髪の女の子がランドセルを背負《しょ》って、同じように走っていた。
「雅彦《まさひこ》! ほら、バスに遅れるべや、走れ走れー、ほらほら」
「そ、そんな事言ったって……雪で……足が……」
「しょーがないっしょー この村はびんぼーで除雪車が少ないんだから」
「ま、まってよー……はぁ、はぁ……」
「なにさ。もうこわいんかい? 雅彦。こんだから内地もんはー。ってな」
 彼女は足を止めて、僕の方を向いて、困ったように笑った。
「これおばあちゃんの口癖なんよ。お父さんが東京からおムコに来たからねー、よくお父さんの事いぢめてるんだわ。ほんと、お父さんなまら可哀想だべさ」
 北海道弁を使ってしゃべっているのは深雪《みゆき》。
 五年生の冬休み、僕の家は引越しをした。なぜ一家そろってこの村にやってきたのか僕には知らされていなかったが、多分仕事の事情だと思う。今までも仕事の関係で別の町に行くことはあったから。深雪はここにきて初めて会った同年代の人間だった。僕の家から一番近い家に住んでいた。近いといっても歩いて二十分以上かかる。
「学校、まだ?」
「まだまだよ」
「いつもこうなの……雪とか」
 昨日の晩、雪が降って、あれよあれよという間に二十センチも積もった。
 はしゃいでいられたのは最初だけで、僕はひざの上ほど長さがある長靴がずっぽり入ってしまう雪に苦労していた。
「こんなのはいつもの事さね」
「タフだなぁ……」
「バス停まで行けば楽になるから早く」
 雪に苦戦しならがら、バス停にたどり着く。 僕はバスに揺られながら、今度の学校はどんな所だろう、とか考えていた。
 クラスに入ったら、机の数が少なかった。十八個くらいしか見当たらない。
 簡単に自己紹介をして、授業を受ける。学校なんてみんな同じようなものだ。
 昼休みや放課後に、転校生だというだけで、質問攻めにあうのも同じだった。
「雅彦はねぇ〜家の事情で引っ越してきたんだべさ。うちのすぐそばに」
 ……なぜか僕の代わりに深雪がその質問に答えていた。
「なんで深雪が、僕の代わりに答えてるのさ?」
「えー、もうファーストネームで呼び合う仲なのかい」
「……だって苗字教えてもらってないし」
「ありゃ? 言わなかった?」
 きょとん、としている深雪。
「三里深雪《みさとみゆき》だよ」
 苗字を教えてもらっても、僕はいまさら苗字で呼ぶ気になれず、そのあともずっと『深雪』と呼びつづけることになるのだった……
 こっちのほうでは、冬休みが始まるのが遅いが、冬休み自体は長いらしい
 だからまだ学校がある。僕は損したような気分になった。
     ◆
 冬休みが始まると、僕と深雪は毎日のように遊んだ。
 テレビのチャンネルも少ないし、ゲーム屋も無いので、外で遊ぶ事が増えた。
 ある日かまくらをつくることになった。
 幸い雪は掃いて捨てるほどあった。
「じゃあうんと大きいのを作ろう」
 そういうことになって、僕らは四日ほどかけて巨大な雪の山を完成させた。
「あとは掘るだけさねー」
 深雪が言う。僕らは協力してシャベルを使って雪の山を掘ってゆく。
 中心部のほうはガチガチに凍り付いていて、かなり苦労したが、さらに二日かけてかまくらが完成した。かまくらの中は驚くほど暖かかった。
「家から何か持ってこない?」
 僕が深雪に言う。
「あ、それ賛成」
 そして家からお菓子やらローソクやらトランプやらを持ち寄って、そして僕らはかまくらの中に入る。
「何これ」
 深雪は円柱状の雪の塊を転がしてくる。
「雪で作ったテーブルだべさ。トランプやるのにいいかとおもってさ」
     ◆
「雅彦。東京帰っちゃうんしょ」
 トランプに飽きた頃、深雪がぽつりと呟く。
「え? そうなの?」
「雅彦のお母さんに聞いた」
「聞いてないよそんな話。またいきなり引越しか……それでも早すぎるよな。何かあったのかな」
「あたしも東京行きたいな。お父さんの生まれた所、どんなところなんだろ」
 深雪はかまくらのなかでぺたんと座って、どこか悲しそうに僕のほうを見ていた。
「深雪は、お父さんの事が好きなの?」
「うん……お母さんも好きだけどお父さんのほうがもっと好き」
「どうしてお父さんの事が好きなの?」
「あたしのお母さん、病気なんよ。頭がおかしいんさ。人のことが見えないんだわ。お父さんがムコに来てすぐそうなったの。何でだと思う?」
「……わからないな」
「……やられたんよ。正義の味方に」
「は? 正義の……味方?」
「そう、正義の味方。お父さんはそう言ってるわ。お母さんはずっと悪役だったんだって。したっけ、悪役は世の中に必要なんよ。考えなしにやってたわけじゃない、悪には悪なりの、理由があるの。漫画みたいな悪役なんて、この世界には存在しないんだべさ」
 僕にはその時、深雪が何を言ってるのかわからなかった。ただ僕は、曖昧に、相槌を打つことしか出来なかった。
「そうなんだ……それって役者さんか何かだったってことなの?」
「雅彦にも今にきっとわかるさ、ここであった事はだれにも秘密。わかった?」
 深雪は言って、僕の頬にキスをした。
「あーもう夜だ。なまらしばれるぅっ。ささ、手袋はいて、うちに帰るべや」
「あ、ああ……」
     ◆
 その日の夜、僕は父親のフロッピーディスクを盗んだ。もしかしたら、僕に仕事のことを話さない理由があるかもしれない。もっと早くやればよかった。何かが不自然だと気が付くべきだった。
 フロッピーディスクには、仕事関係の文章が入っていた。……報告書第0A6927F号.doc。議事録第01284F号.doc。僕はそれを開いてみる。
「何だ……これ……どういうことだ」
『株式会社 正義の味方 第二十九内政管理部宛て』
「父さんは、ユニバーサルなんとかっていう会社に勤めているんじゃなかったのか? だから外国にしょっちゅう行くんじゃなかったのか?」
『本国における”太陽系の敵《The enemy of the solar system》”の活動状況については、逼迫《ひっぱく》を極めており、特に正十一次元体にとっての排他的攻撃的根源体”SNOW”の多い北海道地方においてその緊張は極限に達し、これ秘密裏に発見し、殲滅せしむ事、これを至上命題とする事は前回の指令書の通りであり、地球の両極における……』
「……なんだこれは。意味がわからない」
「……ただいま」
「あら、お帰りなさい、早かったのね」
「雅彦ー、お父さんが雅彦に話があるから下におりていらっしゃい、って」
    ◆
 そして俺は、父さんが本当は『正義の味方』だったことと、仕事をやめたことを聞いた。
『雅彦、言いか良く聞け。お前は実は宇宙の意思の子供なんだ。お前は戦士だ。我々が里親になってお前を育ててきた。だが私はこの仕事に嫌気がさして会社を辞めた。お前は会社に返還する。悪く思うなよ……』
 俺はというと、別の里親に引き取られた。卒業したら、正義の味方になる予定だ。
 だが、雪が降ると思い出す。あの町の事を。そして考えてしまう。深雪のキスの意味と、雪を糧にする悪と、深雪の言葉の意味。
 俺は生まれた時からもう就職が決まってる。
 それは正義の味方。
 でもその正義は、きっと正しくない。